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japanese.china.org.cn |08. 07. 2022

鳩山由紀夫氏: 世界平和と日中関係

タグ: 世界平和フォーラム 鳩山由紀夫
人民中国  |  2022-07-08

東アジア共同体研究所理事長 

鳩山 由紀夫 


 鳩山由紀夫元首相が7月3日に第10回世界平和フォーラムにオンラインで参加し、スピーチを行った。目下の国際情勢に基づき、世界平和が直面する5つの課題を分析。中日関係の問題点を整理し、両国間の関係改善の方策について提言した。




 鳩山由紀夫です。清華大学の第10回World Peace Forumが盛大に開催されますことをお慶び申し上げます。歴史の分水嶺とも言えるようなむずかしい時代にあって、世界平和のための極めて意義深い取り組みを継続されていることに対し、敬意を表します。また、本日は尊敬する潘基文閣下とオンラインで同席することができ、大変喜んでいます。ケビン・ラッド閣下のビデオ講演を聞くことも楽しみです。 

  

世界平和が直面する試練 


 さて、21世紀も4分の1近くが過ぎようとしています。その今日、世界平和は大きな試練に直面しています。ロシアとウクライナの軍事衝突については言うまでもありません。でも、ウクライナ情勢だけが国際平和に試練をもたらしている、という捉え方はあまりに表面的です。今日の危機は、大きな5つの潮流が同時に押し寄せ、それらが複合的に絡み合った結果である――。私はそう考えます。5つの悪い潮流とは何でしょうか?  


 第一に、米中関係は、両国間の「力の接近」を背景にして、対立の度を強めています。米国の国際政治学者グレアム・アリソンは過去の戦史を研究し、「既存の大国と新興の大国の間には緊張が生じやすく、多くの場合は戦争に至る」と喝破しました。この対立のメカニズムに「トゥキディデスの罠」という名前を付けたことはご案内のとおりでありましょう。米中対立について米国政府や日本政府は価値観の対立を前面に出しています。しかし、米中対立の本質は、「トゥキディデスの罠」が働いていることにあります。米中の「力の接近」状態はおそらくあと数十年は続くでしょう。大変残念ですが、米中対立も長期化する、と考えておかなければなりません。 


 第二に、約30年前に米ソ冷戦に勝利した後、米国はソ連の後継国家であるロシアとの関係をうまく制御することができず、新たな不安定をもたらしました。米国がロシアの抱く安全保障上の不安感にあまり配慮を払わず、NATO拡大を通じてロシアの不安感を掻き立てたことは否定できない事実です。Declining Power とは言いながら、ロシアはNuclear Superpowerです。対露関係では、安定という側面に細心の注意を払わなければなりません。しかし、現在の米国や英国の動きを見ていると、事ここに至ってもロシアの不安は軽視され続けているように見えます。 


 第三に、世界中で軍拡が急速に進む見通しが強まるとともに、核兵器が使われる可能性も無視できない時代になってきました。ストックホルム国際平和研究所によれば、世界の軍事支出は21世紀に入ってからほぼ一貫して増加し、2021年には新型コロナの流行にもかかわらず、2兆ドルを超えました。大変遺憾なことですが、ウクライナ情勢の泥沼化によって世界の軍拡は一層加速することでしょう。米ソ冷戦終結後の30年間、北朝鮮の核開発などはあったものの、核兵器が実際に使われるということを我々が意識することはほとんどありませんでした。今は違います。今後のウクライナ情勢の進展によっては、ロシアが核兵器を使う可能性は決して否定できません。ロシアが核兵器を使えば、米国も対抗するでしょう。核戦争は現実の危機として、今ここにあります。 


 第四に、価値観の対立が国際政治の場で再び強調されるようになりました。第二次世界大戦の間、そして米ソ冷戦期において、イデオロギー対立は国際関係の大きな要素でした。冷戦後の約二十年間は、イデオロギーや価値観の違いが外交の舞台でクローズアップされることはあまりありませんでした。しかし、近年の国際会議では、「民主主義 対 権威主義」「自由 対 専制」と言った二項対立をやたらと耳にします。多くの場合、それを強調するのは西側の国々です。民主主義であれ、人権であれ、価値観に忠実であろうとすれば、その価値観を奉じない者を異端視し、排除することにつながっていきます。一方がそのような態度をとれば、相手も同じ対応を取らざるを得なくなります。西側が価値観外交を強調すればするほど、西側と中国やロシアとの対立は尖鋭化していきます。 


 第五に、内政が外交に悪い意味で影響を与えることが増えました。もちろん、いつの時代も外交と内政を切り離すことはできません。でも昔は、外交は専門家が行い、国民はそれを受け入れる、という基本構図が存在していました。今日の米国では、貧富の格差のみならず、人種や宗教など様々な面で社会の分断が進んでいます。加えて新型コロナのパンデミックは米国内におけるアジア人に対するヘイトを増幅させています。ソーシャル・メディアの発達はこうした分断を加速し、助長しました。その結果、ポピュリズムがはびこり、政治家は国内で支持を得るために国外に敵を求める傾向が強まっています。トランプ前大統領がツイッターを使い、フェイク・ニュースを交えながら毎日のように中国批判を繰り返したことは記憶に新しいところです。バイデン政権になっても、その基本構図は変わっていません。日本も同様で、数十年にわたる経済の低迷が嫌中感情や嫌韓感情を助長させ、政治がそれを利用していることは事実です。 

  

日中関係の制御と改善 


 今日、私たちに求められていることは、体制や価値観の違いを乗り越えて叡智を出し合い、私が述べたような悪い潮流と戦うことです。ウクライナの現状は悲劇です。しかし、私たちが今、立ち上がらなければ、更に大きな悲劇が起こらないとも限りません。私は本日、皆さんとこの危機感を共有したいと思います。 


 以上を申し述べたうえで、私はかつて日本国総理大臣を務めた者として、残りの時間は日中関係に充てたいと思います。日中関係を負のスパイラルから脱却させ、改善の方向に向かわせることができれば、それは日本が世界平和に対してなすことのできる最大の貢献であると考えるからです。 


 近年の日中関係は、米中や中豪ほどの激しい言葉の応酬こそないものの、確実に冷却化しています。日本政府や与党である自民党の政治家たちは、日中の価値観の違いをことさらに強調して両国の対立を煽ってきました。QUAD(日米豪印)、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)、IPEF(インド太平洋経済枠組み)など、米国が主導する多国間の枠組みに参画し、事実上の中国包囲網づくりに一役も二役も買っています。 


 トランプ政権以来の米中対立の激化や 西太平洋地域における米中軍事バランスの変化を反映して、安全保障面でも日米と中国の間で緊張が水面下で高まってきました。ウクライナでの衝突が勃発すると、多くの政治家やメディアは「ロシアがウクライナに侵攻したように、次は東アジアで中国が台湾に一方的に侵攻する」という無責任極まりない言説を拡散しています。さらに、「専制主義国家に対して民主主義国家は団結して対抗していかなければならない」と言った浅はかな主張が勢いを増しています。台湾が独立に向けた動きを強めた時に中国が抱える困難などに言及する者は、今の日本では少数派です。 


 こうした流れの中、今年12月には国家安全保障関係の政府文書が改訂され、防衛費の増額などが決まる可能性があります。大変遺憾ですが、本当にそうなれば日中関係の緊張に薪をくべるような行為と言うしかありません。日米の軍拡に中国が軍拡で応えれば、悪循環の極みとなります。 


 今からちょうど50年前、日中の先人たちは国交を正常化しました。ここで我々が思い出すべきは、当時の日本と中国の間には、今日よりも遥かに大きなイデオロギーと価値観の相違があった、という事実です。私は、価値観の異なる国家同士がいかにうまく付きあっていくかを追求することが真の外交だと信じています。50年前、日中の先達たちはそのことをよく理解していました。1972年の共同声明は「日中両国間には社会制度の相違があるにもかかわらず、両国は、平和友好関係を樹立すべきであり、また、樹立することが可能である」と述べています。私たちは今、この日中関係の原点を思い出すべきです。 


 具体的には、日中両国政府は、日中国交正常化50周年にあたる今年、日中両国政府は「一つの中国」という日中関係の大原則を公式に再確認すべきだと考えます。また、日本政府や政治家は、米国のように台湾の独立を奨励しかねないような軽はずみな言動を取るべきではありません。日米が価値観を弄んだ結果、万が一にも台湾に間違った行動を起こさせるようなことがあれば、東アジアの平和と安定は完全に失われてしまいます。逆に、台湾問題をうまく制御できれば、仮に日米中の間に緊張はなくならないまでも、日米と中国が相戦うという最悪の悲劇は避けられるはずです。 


 もう一つ、日中にできることは、両国間で意思疎通を質量ともに増やすことです。その大前提として、コロナの状況が改善すれば可及的速やかに日中間の民間交流を再開することを是非お願いしたい。真の相互理解、相互信頼を醸成するためには、国民レベルでのリアルな交流がやっぱり不可欠です。 


 日本と中国は二つの独立した主権国家です。双方の間に意見の相違があったり、異なる体制を奉じていたりすることは、おかしなことでも何でもありません。しかし、意見が違うことを理由に政治指導者や政府間の意思疎通が滞っている日中の現状は、愚の骨頂です。外交失格と言ってもよい。平時の意思疎通がこの体たらくでは、もしも緊張が高まった時には日中間の意思疎通はますます困難となるでしょう。その結果、本来なら危機の火種で終わるような事態が本当の危機に発展することを、私は心底怖れています。 


 私の印象では、米中間の方が日中間よりもまだ、政治対話を行っているように見えます。少なくとも外相レベルでは、日中は2~3か月に一度は交流の機会を持つべきです。オンラインを交えても構いません。雰囲気が少し改善すれば、日中の軍間交流も再開したらよい。 


 今年は国交正常化50周年なのですから、日中の首脳が会わないということは考えられません。国際会議の場を借りた首脳会談を含め、とにかく会う機会を柔軟に作ってもらいたい。もう少し時間はかかるかもしれませんが、その延長線上で、習近平主席の国賓待遇での来日も実現すべきです。 


 ロシアとウクライナとの軍事衝突は泥沼化し長期化の様相を見せています。悲劇はウクライナやロシアの当事国ばかりでなく、物価の高騰などが全世界に大きな影響を与えてきており、一刻も早く停戦させなければなりません。遅れれば遅れるほど両国の犠牲は増え、国際政治も経済も不安定化します。ウクライナのNATO非加盟と東部の自治権付与問題に関する合意を得て停戦に導くべく、日中が協力して両国と米国に働きかけるべきではないでしょうか。 


 また、核戦争の危機をアジアで乗り越えるために北東アジア非核地帯構想の実現に日中が協力することも提案します。この構想は、日本と韓国、北朝鮮の3か国が核開発などを禁止し、中国、米国、ロシアがこの3か国に核攻撃や威嚇を行わないと約束する構想です。 


 日本や米国には、中国のことを現行の国際秩序に挑戦する勢力と捉える人々が少なからず存在します。しかし、これほど大きな間違いはありません。中国が現行の国際秩序を破壊しても、得るものよりも失うものの方が遥かに大きい。そのことは誰の目にも明らかでしょう。むしろ、中国は現行の国際秩序を維持・発展させるうえで、欠くことのできない重要なメンバーです。 


 ただし、既に押しも押されもせぬ大国となった中国は、現行の国際レジームを維持・発展させるために、より大きな責任を負うべきです。中国には、その用意があることを言葉と行動で示してもらいたい。そう切に願います。 

  

東アジア共同体をめざして 


 私は、価値観の異なる東アジアの国家同士がうまく付き合っていく一つの方法として東アジア共同体構想の実現を提唱しています。その最大の眼目は、東アジアを不戦共同体にすることです。習近平主席の提唱する人類運命共同体にも通底するものだと考えています。第二次世界大戦までの西ヨーロッパでは、紛争が絶えることはありませんでした。しかし、欧州石炭鉄鋼共同体が発足してドイツとフランスを中心に共同事業に汗を流すことを通じて、紆余曲折の末に現在のEUが形成され、不戦共同体ができあがりました。その根底にあったのは友愛思想でした。友愛とは、自己の尊厳の尊重と同時に他者に対しても尊厳を尊重する精神のことです。すなわち、自己と他者の違いを理解し尊重して相互扶助する精神です。東洋にも、和を以って貴し、と為す伝統があります。3年あまり前に人民大会堂で習近平主席にお会いした際に私は、「自分の提唱する友愛精神は古くから中国にもあり、孔子の論語の中にある『仁』と『恕』が友愛に非常に近い理念である」と申しました。その時、習近平主席は「鳩山の言うとおりである。私は『恕』の精神、即ち、『己の欲せざるところ、他人に施す勿れ』の精神で一帯一路構想を推進したい」と述べられました。私は、日本と中国が友愛精神、恕の精神でリード役を果たす限り、東アジアにおいても共同体が出来ない筈はないと信じています。 


 我々は、近年の日中関係の冷却化に歯止めをかけ、緊張を管理し、そのうえで反転させる必要があります。日韓関係にも同じことが言えます。そのうえで、日中韓が中心となって東アジア共同体への道のりを踏み出し、東アジアにおいても不戦共同体をつくろうではありませんか! 

 

 ご清聴ありがとうございました。 


「人民中国」より2022年7月8日