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劉4兄弟の希望集団創業史
発信時間: 2008-10-26 | チャイナネット
 
▽養豚飼料の開発に成功、希望飼料公司を設立

 1982~84年に養殖事業の一環として飼料の買い付けを請け負った劉永美は、南方での買い付け時に飼料事業の経営ぶりを観察し、調査し、あれこれ考えをめぐらせた。この頃、外資系飼料メーカーが相次いで中国に進出し、現代的な顆粒タイプの飼料を大量に生産し、大量に販売した。当時中国で最も養豚が盛んだった四川省では、争って飼料を買うという現象がみられた。そこで劉兄弟はすばやく方針を決め、飼料の研究開発に着手することにした。彼らはブタ約100頭の試験場を建設し、省内・省外の著名な専門家を招聘して、飼料配合の共同研究を進め、研究成果を蓄積していった。劉兄弟は飼料のコストを引き下げ、品質を高めるカギは、配合と生産の過程における科学技術含有量を増やすことだと考えた。世界トップクラスの飼料と勝負しようと思えば、科学技術に基づく開発が緊急の課題だった。1988年に劉兄弟は民間企業・希望飼料公司を設立した。同公司は同年、古家村に10ムー(0.06ヘクタール)の土地を買い、400万元を投じて希望科学技術研究所と飼料工場を建設した。また科学研究に400万元を投入し、30人を超える専門家を招聘した。国内・海外の各地へ視察団を送り、国内外の専門家との交流をはかった。約2年にわたりテストや選別を繰り返した結果、33種類の配合から最も優れたものを選び「1号養豚飼料」として完成させた。

 1989年には独自開発の「希望ブランド1号養豚顆粒飼料」として販売を開始。タイのチアタイグループの製品と肩を並べる品質でありながら、価格はチアタイより60元安く、瞬く間に外資系に独占されていた飼料市場の様相を塗り替えた。こうして希望飼料の名前は一気に知れ渡った。
 
 
評価

 (1)希望集団の創業は、中国の改革開放後の20年に及ぶ創業史上で最も成功したケースだ。公務員を辞めて事業を興すという発想の飛躍、養鶏からウズラ飼育へという経営方針の拡大、養殖から飼料の開発・生産へという家族経営から企業経営への発展に、劉兄弟の成功のカギがある。

 (2)希望集団の急速な発展は、運がよかったからではなく、企業が生き残るためのポイントをしっかりつかまえていたことに原因がある。中国の経済発展で人々の生活レベルが向上し、最も大きな影響を受けたのは食肉市場だった。そして食用肉の生産プロセスの中で、最も企業経営に適した製品は飼料だといえるからだ。

 「人民網日本語版」2008年10月26日


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