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国の富強を記録してきた女性カメラマン侯波さん
発信時間: 2009-08-21 | チャイナネット

「党の信頼のおかげで私は新中国成立の大式典を目撃する人生のチャンスに恵まれた。1949年10月1日午後、30万人の軍隊と国民が天安門広場で楽しく集い、毛主席、朱徳、周恩来らの指導者たちが天安門城楼に上がり、私は12枚のネガしかセットしえない、わずか1つの標準レンズしかないカメラを手にして、城楼の上で緊張の中で撮影の仕事を始めた。国歌演奏の後、毛主席は中華人民共和国中央人民政府が今日正式に成立したことを厳かに宣言した。その頃、私は体じゅうの血が沸き立ったよう感じ、危険をものともせずに、体をあお向けにして城楼のガード・レールの外側まで伸ばし、毛主席の宣言の歴史的瞬間を急撮影しつづけた。」私の生涯にとって最も貴重な、後世に伝わる作品『新中国成立の大式典』はこうして生まれたのである。

 

「新中国成立の大式典が私に非常に深く感じさせたのは、人民が主人公となった際小躍りした喜びはまったく心の底から発したものだということである。」

 

「改革開放は中国を生まれ変わらせた」

侯波さんが中南海で毛沢東らの指導者らの専従カメラマンとして12年間も働き続け、年若い共和国が意気揚々として新しい生活を建設してきた過程を目撃してきた。毛主席の生前に公開された700数点の写真の中で、400数点は侯波さんの手になるものであった。

 

1961年、毛主席の身の回りで仕事をしていた人たちが入れ替わることになった際、侯波さんは新華社に転勤した。「文化大革命」(1966-1976年)が始まると、侯波さんが山西省に下放され、10年間「労働による思想改造」に努めた。1995年、71歳の彼女は中国女性撮影家協会創立会主席となった。「文化大革命」の期間に同じように「労働による思想改造」を続けた夫の徐肖氷さんは、1979年に中国撮影家協会主席となり、2005年に「国のために際立った貢献をした映画芸術家賞」を獲得し、2006年に「中国の撮影の大家」という金賞を受賞した。

 

往時を思い起こして、侯波さんは興奮をあらわに「改革開放は中国を生まれ変わらせた」と語った。

 

侯波さん夫妻は自分たちの撮影した写真をまとめて出版し、『道』という名を付けた。

 

未来を展望して、侯波さんは「国が富み栄えで、人民が幸せな暮らしをし、私達は民族の復興という広々とした道を歩んでおり、中国の人たちはきっとさらにうるわしい未来を迎えるに違いない」と語った。

「チャイナネット」 2009年8月21日

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