紅軍は遠征を恐れず、万水千山ただ閑を待つ――長征は自然を征服した人類の凱歌を生み出した。峡谷の激流、雪山と草原、物資の不足、生命の禁断の地。これらは紅軍の前進を止めることができなかった。80年という長い歳月が過ぎ去り、紅軍が長征で歩んだ荒れ果てた土地には、今や高層ビルが林立し日々繁栄している。徒歩で突破した高山と難関、沼沢が点在する草原と激流には、便利な道路と橋が整備された。長征の道には激変が生じ、かつて通行が極めて困難だった道は、スムーズなルートになろうとしている。
四川省瀘定県の瀘定橋。1935年5月29日、紅軍の勇士22人が敵からの集中砲火を浴びながら、中空に架けられた13本の鉄索を猛進した。後方の戦友は一分一秒を争うようにして橋となる板を敷き、最終的に鉄索橋を奪い取った。紅軍の後続部隊はそれから瀘定城を攻略し、中央紅軍の北上ルートを切り開いた。