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京劇・武術・気功で活躍する日本在住の張紹成さん
発信時間: 2009-08-07 | チャイナネット

 

 

 



 張紹成さんは中国で第一線の京劇俳優として活躍してきた。が、19年前に来日して以来、日本で京劇の公演やワークショップを展開しつづけているという。また、武術や気功といった分野でも活躍しているそうだ。はたして、張さんはどのような思いで日本で活躍しているのだろうか。

 張紹成さん 京劇俳優

 1962年生まれ。10歳から京劇俳優養成の最高機関である中国戯曲学院で京劇を学ぶ。その後、中国最高峰の劇団「中国京劇院」の主役俳優となる。京劇団の主役俳優としての公演のほか、京劇映画「挑滑車」やカンフー映画、テレビドラマに出演。86年「中国京劇院」来日公演に出演。89年市川猿之助のスーパー歌舞伎との合同公演「リューオー(龍王)」に出演 。90年日本に拠点を移し、92年日本初のプロ俳優による京劇団を主宰。日本各地での公演活動を中心に文化講座などを行う。大阪樟蔭女子大学の非常勤講師、日中文武会副会長を務める

 取材は、張国清中国国際放送局東京支局長である。この記事は東方通信社発行の月刊誌・「コロンブス」2009年7月号に掲載されている。

 張:張さんは10歳のときに京劇の最高学府「中国戯曲学院」に入学していますが、どのような経緯で京劇の道を目指すことになったのですか。

 張紹成:私は子どもの頃から京劇俳優を目指していたわけではありませんでした。中国戯曲学院の先生たちが中国全土の小中学校を役者の卵を探すために訪ね回っていた時期があるのですが、そのときに選ばれたのです。

 張:どういった選考基準だったのでしょうか。

 張紹成:やはり顔立ちや体つきを入念にチェックしていました。おそらく大人になったときの顔や体格を予想しながら選考したのだと思います。こうして全国から大勢の子どもたちが集められ、さまざまな試験が行われました。最終的には私を含めて103名の子どもたちが入学することができました。

 張:入学してからはどうでしたか。

 張紹成:きびしい練習の日々がつづきました。先生からは口で教えられるというよりは、棒で叩かれながら教えられるといった感じでした。基本の柔軟、芝居ができるまでの練習(歌、台詞、立ち回り、踊り、とんぼかえりなど)が大変で、実にきびしい修行の9年間でした。辛いと思うこともありましたが、全寮制でしたし逃げ場はどこにもありませんでした。週に一度は家に帰ることができたので、そのときが唯一、心が休まるときでした。

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