林国本
北京オリンピック主催の決定がIOCで下された時、中国全国が興奮のるつぼと化した。その時、なが年この分野で汗を流してきた中国スポーツ界のトップたちは、「感動と喜びに湧き立つ気持は十分理解できるが、これからの仕事がたいへんだ」と言っていた。この情報化の時代に発展途上国である中国がこのビッグ・イベントをやりとげることはなまやさしいことではなかった。しかし、とにかく、お家芸とも言える組織力、構想力、構築力を発揮して大成功の中で幕を閉じた。
たまたま、右肩上がりと言っても過言ではない高度成長と同じ歩調でウルトラ級のシステム・エンジニアリングに取り組むことでき、ラッキーであったし、ツイていた。地震などの災害も起こったが、その時にはほとんどの工事が終わっていた。
筆者は第一線を退いたあとも、ずっと日本と関係のあるマスコミの仕事をお手伝いしているが、日本の新聞の記事には、しばしば北京の大気の環境、水質の環境、交通事情、さらにはセキュリティーに対する不安などが取り上げられていた。幸か不幸か、高度成長期のまっただなかにある中国は、モータリゼーションのまっただ中にもあった。私見としては、今まで質素な暮らしをしてきたかなりの中国の人びとが、一家で乗用車2台、ひいてはSUVを含めて3台という、これまで夢であった生活を現実につかみ取ったことは、すばらしいことだと見ている。しかし、環境保全もこれからは喫緊の課題となることも事実である。今回のオリンピックは、この山積する問題を解決しながら成功へと導いて行ったベスト・プラクティスだと思う。
中国は金メダル51という成績で、金メダルのみで見るならば、世界のすべての人たちが認めるアメリカ、ロシアなどのスポーツ強国を一応追い抜くことができた。百年ぐらい前から「アジアの病人」と言われてきた中国人も、何十回と表彰台に立つことができた。庶民の気持としては喜ぶべきことである。
しかし、国内のメディアの論調を見ると、ほとんどがこのことを冷静に受け止めている。中国のスポーツ評論家の中には、サッカー、バスケット、バレーボール、陸上競技で最高の成績に輝くまでは「スポーツの強国」とは言えない、と言う人もいる。
筆者は、金メダル数も不必要とは言えないが、国民全体の健康レベルを高めることが、中国スポーツ界のなが年の目標であると言いたい。この間、ホッケー、テコンドー、水上種目、ボクシングなど、それほど力を入れてこなかった種目でも、好成績が見られた。ながい目で見て、中国のスポーツ全体のレベルアップに努めて行けばよいのである。
メディアでは、もうポスト・オリンピック時代の目標に向かう段階に入ったのではないか、ということが話題となりはじめている。その通りである。今秋には30年の改革、開放の歴史を総括し、次の30年に向けての重要会議が開催されることが公表されている。
国際経済の揺らぎ、石油価格、資源価格の高騰という不確実性にさらされる中で今世紀半ば頃に中程度の発達のレベルに達するための青写真が描かれることになっている。総合的に言えば、これこそがポイントであり、これがうまくはかどれば、スポーツ事業のさらなる発展もそれほど難事ではない。
オリンピックが終わったと思ったら、北京の空気が、日本の一部のマスコミが報道していたように、マスクをつけなければ、という状況に逆戻りしないよう願うとともに、今の勢いに乗っていっそのこと公共交通システムを主する方向にもっていってはどうかことも思う。
ポスト・オリンピックと言う「新語」に結びつけて2、3のことを書いておくことにした。とくに取り上げておきたいのは、こうした世界的な交流を通じて、中国の人びとの国際的視野が大きく広げられたことは、たいへんな収穫であった。今回、もと中国の選手であったが、今では国外のコーチになっている人たちも多数その国のチームの一員として競技に参加したし、また、中国にコーチとして招請されている韓国、日本その他のコーチの貢献も高く評価された。こうした国際的視野は、今後、大きな財産となることであろう。
「北京週報日本語版」2008年8月28日