プロフィール
小出裕章(こいでひろあき)1949年生まれ。原子核工学者。元京都大学原子炉実験所助教。
れっきとした「放射能汚染水」
現在福島第一原発に溜まっている130万トンを超える水は、環境に放出が許されない濃度の放射性物質(トリチウム)を平均で基準の10倍含んでいます。日本では、マスコミが率先して「処理水」と呼んでいますが、狡猾な日本政府と東京電力はマスコミの誤用を正さないばかりかむしろ積極的に利用しています。国と東京電力は公式には「ALPS処理水」と呼んでいますが、ALPSの性能が低いため、今現在タンクに溜まっている水のうち7割は、トリチウムを度外視しても、ストロンチウム90、ヨウ素129、ルテニウム106などの放射性物質が法令の許容濃度限度を超えて含まれていて、それらもまたれっきとした「放射能汚染水」です。
中国政府がたびたび言っているように、通常の原発の運転で生じた冷却水と、今福島原発に溜まっている汚染水は来歴が全く違います。中国での原発も含め、通常の運転時に冷却水に出てくる放射性核種は質量ともに多くありません。でも、今福島原発に溜まっている汚染水は熔け落ちた炉心に接した水で、質的には多様な、量的には高濃度の放射性核種が含まれています。
その処理は大変難しいし、ALPSも十分には放射性核種を捕まえられないまま現在に至っています。すでに述べたように、溜まっている放射能汚染水のうち約7割にはトリチウムを度外視しても環境に放出してよいと法令が決めた濃度限度を超えて放射性核種が含まれています。東京電力はこれからまたALPSを通すことによってそれらの放射性核種を捕まえると言っていますが、本当にできるかどうかも疑問です。また、トリチウムは別名三重水素と呼ばれ、水素同位体です。水素は環境中では酸素と結合して水になり、トリチウムも酸素と結合して水になる。その水はトリチウム水と呼ばれるが、化学的には普通の水と全く同じです。そのため、トリチウムはALPSを通したところで決して捕捉できず、福島原発のタンクに溜まっている水はいつまでたってもれっきとした「放射能汚染水」であることです。
環境に必ず危害を
人間に放射能を消す力はありません。そして、自然にも放射能を消す力がありません。そうであれば、生命体にとって毒物であることが分かっている放射性核種を環境に流してはいけません。でも、原子力を利用する限り、生み出した放射性核種を完璧に捕まえることはできませんので、環境に棄てる時には決めた濃度以下にすれば流してもよいというのがIAEAを含めた原子力を利用する国々の考え方です。
福島原発の放射能汚染水をその濃度限度以下にすることはトリチウムを度外視しても容易なことではなく、今後、それができるかどうかも定かでありません。仮にトリチウム以外の放射性核種を何とか濃度限度以下にできたとしても、トリチウムを捕捉することはできませんので、結局大量の海水に薄め、「希釈処理」して流すしか手段がありません。もちろん、薄めたところで、放射能が消える訳ではありませんので、それが検知できるかどうかを別にすれば、環境に必ず危害を加えます。
海洋放出以外の選択肢が山ほどある
国と東電はこれ以上タンクを作る余裕がないことを汚染水放出の理由にしています。しかし、タンクを作るための土地は福島第一原発の敷地にまだまだあるし、周辺には除染廃物を置くために国が確保した中間貯蔵施設用の土地が広大にあります。しかし、一番大切なのは汚染水を増やさないことです。なぜ、放射能汚染水が増えてきたかといえば、本来は「放射線管理区域」として外界と隔離しておかなければいけない原子炉建屋が、地震によって地下部分も破壊され、地下水が原子炉建屋に流れ込み、それが溶け落ちた炉心と接触して汚染水になっているからです。地下水の流入を止めさえすれば、もともとこんな問題は起きませんでした。私は事故直後の2011年5月から地下に遮水壁を作る必要があると言ってきましたが、東電は6月に株主総会を控え、私が主張したような鋼鉄とコンクリートの遮水壁を作ろうとすると1000億円の資金がかかり、株主総会を乗り越えられないとして採用しませんでした。結局どうにもならなくなって国と東京電力は「凍土壁」という壁を作りました。原子炉建屋を囲むように1.5km にわたって1mごとに長さ30mのパイプを地面に打ち込み、それに冷媒を流し、アイスキャンデーを作るように周囲の土を凍らせて壁を作るという計画でしたが、そんなものが有効に機能するはずがなく、今でも地下水は原子炉建屋に流れ込んでいます。もし、国と東京電力が、彼ら自身が作った凍土壁がうまくできたというなら、汚染水問題は解決しています。それにも知らぬ顔をし、もう放出以外にはないと国が言っています。
放射能は生命体に必ず有害であり、環境に棄ててはいけません。でも、放射能を消す力は人間にはありません。できることは放射能自体が持つ寿命を考えて、できる限り保管を続けることです。そのためにはタンクでの保管を続ける、モルタルで固化する、地下に圧入する、深層海水に注入するなど、現実的な方策が山ほどあります。
国はIAEAに対して海に流す場合の安全性に限って諮問しました。IAEAはもともと原子力を推進する団体で、放射能は濃度限度以下にすれば安全だという基準を作ってきた張本人です。そのIAEAが濃度以下に薄めて流すという日本の説明を危険だなどと言うはずがありません。ただし、IAEAは自分が諮問されたのは、海へ流す場合の安全性だけであって、日本が海に流すことを「承認もしていないし、推奨もしていない」と言っています。(編集・李一凡)
「人民中国インターネット版」2023年9月11日