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奇跡を作り出した神経外科医の王忠誠さん
発信時間: 2009-08-21 | チャイナネット

新中国の最初の世代の神経外科医として、王忠誠さんは現在世界で頭部切開手術を1万人もこなした唯一の人で、今でも世界の神経外科手術史上の5つの世界記録を保っている。

 

王忠誠さんはウシ年の生まれで、この生まれの年のウシの年の2009年に人生で最も大切な栄誉を獲得した――2009年1月9日午前、北京の人民大会堂の議長席の真中で、胡錦涛総書記は2008年度国家最高科学技術賞の赤い授賞証明書を王忠誠さんに授けた。

 

医学の仕事に60年もたずさわってきた、新中国の神経外科のパイオニアの1人で、神経外科の数多くの世界記録を保持し、世界神経外科連合会の「最高栄誉表彰メダル」を獲得した唯一の中国人でもあり、現在北京天壇病院の名誉院長、中国工学院アカデミー会員、中国神経外科研究所の名誉所長である。84歳の王忠誠さんはその名前のように、忠実に自分の持ち場をきちんと守り、中国の医学事業のために一つまた一つの奇跡を作り出した。

 

王忠誠さんは1925年12月に山東省煙台の普通の勤労者の家庭に生まれ、貧しかったため、一家の10数人の中で彼1人だけが幸運にも学校に入り、その勤勉さと聡明さにたよって、ずば抜けた成績で著名な北平(今の北京)の匯文中学(高校)に入って勉強し、ほどなくこの学校の優等生の1人となった。

 

「校長、私は退学を申請します」と1942年のある日、王忠誠さんは校長の前に立って言った。王さんは家計が困難で、両親が彼を引き続き学校へ行かせることができなくなったため、郷里に帰って小学校の教師になった。

 

1年後、彼は突然校長からの手紙を受け取った。手紙の中で、校長は「帰って来なさい、学校はすでに慣例を破って君に学費を免除して勉強させることにした。君が将来国にとって大切な人材となることを願っている」と述べていた。王忠誠さんは翌日匯文中学に戻った。それから半年後、優れた成績で卒業した。

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