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才旦卓瑪さん、農奴の子から歌手に
発信時間: 2009-08-24 | チャイナネット

学校に戻ると、文聯の会議に出席したことで周りの友達から羨ましがられ、彼らはどんな人たちかと聞かれた。私は、彼らはみな尊敬できる人で、とても親切で、普通の人と同じだと答えた。しかし、今回の文聯の代表大会が私に与えたのはこれらの栄誉だけでなく、その他にも多くのことを教えてくれ、影響も大きかった。その後、私の勉強に対する意志は強くなり、責任感が時々自分を鞭打っているように感じ、努力するようになった。

卒業後の1964年、私は大音楽舞踊叙事詩『東方紅』の公演に参加し、大成功を収めた。1965年、私はチベットに戻り、故郷の変化を歌い、現在の幸せな生活を歌うことに決めた。1981年、チベット文聯が発足し、私はその主席に選ばれた。貧しい家庭に育った私は知識に乏しく、皆からこれほど信頼されることに心を打たれ、これからは大衆にもっと貢献しようと考えた。

1988年、私は中国文聯の副主席に選ばれた。文聯の一員として、多くの芸術活動に携わる人たちから信頼され、希望を負っているため、私は文聯の繁栄のために全力を尽くしていこうと決心した。今年はチベットの民主改革50周年にあたる。《翻身農奴把歌唱》(解放された奴隷は歌う)、《唱支山歌給党聴》(党の為に山歌を歌おう)などは私の代表作であり、私たちチベット人の共産党に対する深い感情を最も表している歌である。私は歌い続け、党のチベット人民に対する思いやりを生涯忘れない。

「チャイナネット」2009年8月24日

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