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全国に「日光温室」を推し進めた農民の王楽義さん
発信時間: 2009-08-03 | チャイナネット

中国のごく普通の農民共産党員である王楽義さん(写真中央)は、山東省寿光市孫家集鎮三元朱村共産党支部の書記を務めている。王楽義さんは勤勉さと知恵で、「日光温室」と呼ばれる野菜栽培のビニールハウスを発明し、中国の北方地方の人たちが冬に白菜と大根しか食べられないという時代を終わらせた。

そしていっそう賞賛されることは、私心なく栽培技術を全国に普及し、何億という農民を豊かにしたことだ。

2001年には「楽義」ブランドの野菜を商標登録し、国家品質監督局から無公害農産品の証明書を取得。今、この産品は、日本やロシア、香港など約20の国や地域で販売されている。

 

村民の生活を豊かにする責任

三元朱村の15人の共産党員全員は、1978年9月に王さんを村の支部書記に推薦した。しかしその年の春、王さんは直腸ガンが見つかって人民公社の費用で大手術を受けており、腰には蓄便袋をつけ、不便な生活を強いられていた。

そんな王さんが支部書記に選ばれたことを知った母親と奥さんは大反対。しかし王さんは党組織が自分を信頼し村の人たちが必要とするのであれば、命をかけてもこの職務をやり通そうと決心した。

当時の三元朱村の土地ややせ、水も不足していたため、野菜は大きくならず、食糧も収穫できなかった。そのため村民たちはお腹いっぱい食べることさえままならなかった。

王さんは就任後すぐ、村の幹部たちを率いて発展計画を立てる。そして10年後の1988年には村の果樹園の面積は約29ヘクタールまで広がり、村民1人当たりの純収入は数十元から1200元に増加した。

村民たちの基本的な生活は改善。しかし王さんは満足しなかった。農民の収入を増やし続けるには、土地から価値ある物を生み出さなければならない・・・。

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