韓国紙『文化日報』8月7日付 中国人と韓国人の最大の文化の相違というと、多くの人は「スピード」をあげるだろう。中国人の特徴は「急がずゆっくり」であり、韓国人は「速く、速く」だ。中国人にとって「ゆっくり」は一種の支柱である。古今を通じて、中国人が成し遂げてきた業績は、いずれも「ゆっくり」の基礎の上に築かれたものと言っても過言ではない。万里の長城、四庫全書といった巨大な文化遺産から、爪の大きさほどの玉石の上に彫り刻まれた書の作品まで、例を挙げればきりがない。中国人の「ゆっくり」の文化を代表する「愚公山を移す」の寓話は、外国人の中国語教材にも掲載されている。
しかし、私は中国で生活し、中国人と直接触れ合うなかで、近ごろの中国人は以前のように「ゆっくり」ではなくなり、かえって、とてもせっかちで、忍耐力がないことに気づいた。見たところ悠々とした中国人であるが、「割り込み」が好きなようだ。空港のセキュリティーチェックカウンターの1メートル手前に引かれている黄色の線に注意を払わず、係員さえ気にしていない。空港を出てタクシーを待っているときも、多くの人が割り込んできて、他の人から停めたタクシーを奪う。1、2分を「節約」するために道路を横切り、時には中央分離帯さえも乗り越える。
このように感じているのは私一人ではない。あるメディアは中国人のせっかちさについて、「中国人は最もせっかちで、最も忍耐力がない地球人となった」と描写しており、台湾のメディアも、「万博を開催する時代に突入した中国は、毎日8階建てのビルを建設し、ロンドンが150年かけて建設した地下鉄工事をわずか15年で完成させた。中国は本当に『ゆっくり』の能力を失ってしまったのだろうか?」と述べている。
まったくそのとおりだ。私が見たところ、中国人は「ゆっくり」の美学を失ってしまったようだ。資源不足や貧しさによって争いが引き起こされ、膨大な人口の分配の不均衡も加わって、互いの間の排斥や圧力が生まれている。改革開放以来、一度も振り返ることなく前に進み続けてきたこともあせりを生んでいるのだろう。社会の発展によって便利さがもたらされ、待つことやゆっくりという美学はもう流行らないのである。
「大躍進」のような歴史を経験した中国人に、私は次のような寓話を聞かせたい。
ある外国人が自転車を修理に出した。修理があまりにも遅いので文句を言うと、修理工は、「速すぎれば、何事も完璧にはできないよ」と答えた。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2010年8月11日