変化を振り返る
10年前は漢服を着て外出するのをためらったが、現在は流行している
南京市在住の王馨雨さんは2008年に南京芸術学院に入学した時、「子衿漢服社」という設立1年のサークルに入った。南京は大学が林立するが、漢服サークルがあるのはこの大学だけである。王馨雨さんは「当時は伝統文化行事でしか漢服を着ることがなく、専門家、熱狂的ファン、愛好家でも漢服を着て外出する人は非常に少なかった。漢服はまだそれほど理解されておらず、漢服を着て歩けば、変な目で見られたり指をさされたりした」と話す。
王馨雨さんは、10年前は漢服支持者は少なく、漢服文化は浸透しておらず、敷居も高かったと振り返る。彼女は2008年に漢代の女性の曲裾が欲しかったが、当時は既製品がなく、自分で布を買ってきて作った。費用は1200元だったという。また、家族に相談した時、父親から理解されず、「洋服にどうしてそんな面倒なことをするのか。これほど高いのなら、店できれいなスカートを直接買ったほうがいい」と言われた。
王馨雨さんはアルバイトをしてようやく初めて漢服を買った。卒業して社会人になるまで、漢服は彼女が自分の時間を最も費やした「第二の事業」である。王馨雨さんはその曲裾を今も保管し、たまに出して手直ししている。
今年の中秋節、揚子晩報の「月円秦淮 詩意中秋――2019私たちの祝日·秦淮中秋詩会」で、王馨雨さんの漢服スタジオ「莯芸卿悦」はオープニングステージで「拜月古礼」を披露した。7人の役者が唐代の漢服を着て夫子廟小学校の児童らとステージで「拜月」を行う写真は、翌日に南京メディアに大々的に掲載された。漢服チームのリーダーである王馨雨さんは、「拜月古礼」で役者が持っていた祝辞は、彼女の父親が筆で書いたものだと明かした。
2010年、彼女は学校のサークル仲間と漢服を着てバラエティ番組に出演した。これは南京の漢服愛好家が初めて「堂に入り」、長時間の主流メディア出演となった。以後、南京の大学に漢服サークルが増え、若者も漢服を着て街を歩くようになり、公園、観光スポット、街中で「漢服ブーム」が起こり、南京で漢服が過去にないほど人気を集めるまでになった。
王馨雨さんは、「1人の女として、生まれながらにして華やかな昔の服に興味を持っているのかもしれない。漢服業界に入って10年で、多くの伝統文化の知識を学んだだけでなく、上品さが増したのは明らか。漢服を着るとだらしない姿勢や足を組むなどしないため、全体的に立ち居振る舞いが美しくなる」と話した。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2019年10月4日