江西省婺源県にある紫陽鎮。まるで半島にでも来たようだ、というのが第一印象だった。三面が水に囲まれ、一面は山を背にしている。周囲の山には一年を通じて緑豊かな広大な茶畑が広がる。緑樹のなかに高層ビルが聳え立っていても、至るところで古い小路が交錯していて、青色の石板が敷かれた路面は風雨に浸食されて鏡のように光沢がある。 婺源では多くの住居の前に高さ2メートルほどの「照壁」がある。上部には灰色の瓦で塔の形をした庇があって、角には花鳥の図案が施され、真ん中に「福」の字が大きく刻まれている。山里の人々は「照壁は吉祥の光を集め、めでたい雲気を迎えることができ、門を開ければ福を見、福が家の門に至るという意味がある」と考えているそうだ。 李坑と呼ばれる古い村がある。北宋時代(960〜1127年)に建てられ、現在100世帯余りが暮らす。村を半分に分けて流れる小川の両側に、家々が水を隔てて互いに望むように立っていて、20メートルごとに小さな木橋や石橋が架かっている。屋根に獅子頭の彫刻のある民家に入ってみた。通り抜け広間から奥の間に行く途中、庭があるのに気づいた。真ん中に5メートル四方の魚池があり、池の傍、主室に沿って「観魚閣」が造られている。主人一家がくつろぐ場所なのだろう。庭に古い桂樹と百日紅があった。村誌によると、百日紅の樹齢すでに800年以上。毎年新しい芽が吹き、赤い花で満開になるので、「花神」と呼ばれ愛されているという。 紫陽鎮から20キロほど行った黒口郷にある延村。現在残っている古い民居は57軒。清代(1644〜1911年)によその土地で商売をしていた人が、大金を惜しまずに建てたものだ。なかに入ってみると、左に曲がり、そして右に折れ、まるで数多くの芸術の殿堂にでも足を踏み入れたかのようだ。造形と工芸がとくに凝っている。屋外には高い壁があって長方形の庭を取り囲んでおり、庭には青石が敷かれて、石製の卓や椅子、かめなどが置かれていた。正室の大扉はひどく立派だ。横木や枠は一律に青石板か水磨きレンガで作られていて、門楼の上には鳥獣や草花、人物などの彫刻がされている。屋内は多くが一、二層の木造で、前の間、中の間、奥の間に分かれ、どの間にも副室があって、前の間と奥の間の間にはいずれも採光のために方形の天窓がある。屋根の梁、窓格子、横木の上にも様々な精緻な彫刻がいっぱいに施されている。延村の民居で最大の特徴は、扉が多いことだ。これほど多くの扉は何に使うのだろう。全村の各家は互いにつながっているので、扉が多ければ通り抜けるのに至便だ。雨や雪の日でも、屋内を通って村の端から端まで衣服を濡らさずに行ける。 小さな村をゆっくり歩いてみると、ちょっと変わった扉や窓が目に止まった。大扉の左右上方いずれにも長方形の小さな窓があり、扉と窓の上にはまつげの形をした庇が付いている。まるで人の顔のようだ。大扉は口のようで、庇は鼻、二つの小窓は人の目を思わせる。上面にはさらに濃いまつげがあって、非常に興趣に富んでいる。 |