文=コラムニスト 陳言
夜が以前ほど明るくなくなったことを除いては、東京の街で地震や津波が残した爪あとはほとんど見られなくなった。東京以東100キロほどで被害の大きかった茨城県でも、『瞭望東方週刊』の記者は一部の建物に緑色のビニールシートが被せてある以外には、倒壊した建物などの震災の痕跡を目にすることはなかった。
◆水面下で進む小さな変化
しかし、東京に雨が降ると、状況は一変した。至るところに水溜りができ、その多くが泥を含んでいる。以前は、東京の雨はとてもきれいで、しかもすぐに街全体に設置してある排水溝へと流れ落ち、どんなに強い雨が降っても、町に水が溜まることはなかったと記憶している。
「これも地震のせいだ。」都民の田原氏が言う。「地面が平らでなくなった。」東京都はすでに目に見えて平らでない地面に補修を行ったが、目には見えない隆起やくぼみもたくさんあり、全面的改修を行わない限り、今後雨が降るたびに多くの水溜りができることになるだろう。
日本の社会もこれと同じである。表面上は震災が過ぎ去り、すべてが平静に戻っている。しかし、水面下では、さまざまなところで小さな変化が進んでいるのである。
この状況は、1945年の日本を連想させる。多くの都市が廃墟と化し、日本は歯を食いしばり、ファシズムから民主主義へ、重工業から現代工業へ、財閥独占企業時代から一般人が起業できる時代へと大きな変貌を遂げた。
当時は「戦後」、今回は「震災後」である。今回の震災もまた、経済停滞と民衆不安の中でさまよい続けた日本が生まれ変わるきっかけとなるのだろうか。本誌の記者はこの疑問を胸に、震災から2カ月を迎えた日本を訪れた。
(つづく)
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2011年6月7日