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四川省の鐘志紅:あなたを待ってます、見知らぬ友
発信時間: 2009-03-18 | チャイナネット

四川省 鐘志紅

汶川大地震のとき、激甚被災地の都江堰市で中曽一雄さんという日本の青年と知り合った。互いにもっと早く出会えたら良かったのにと感じ、すぐにボランティアチームのペアとなった。

彼は、5月12日の昼に成都へ着いて、翌日は青城山の観光を計画していたのだった。予想外にも、飛行機を降りるとすぐ大地震が発生した。

私は、地震当日の晩に都江堰市へ駆けつけた。市内在住の母はショックを受けていたようだったが、大過なく済んだ。母の提案で、「短い時間でも、同胞たちのためにできることをしよう。」と私も考えた。

「ちょっと、人助けもせずぼーっと突っ立っているだけなら、どいてくれませんか?」と背後から、眼鏡をかけた一人の若者が無遠慮に声を投げかけてきた。彼の中国語は標準的ではなかったが、その気が急いている表情は心からのものだった。

その時、若い女性がふらふらとやって来て、涙声で訴えた。「私の子供を、あの子を助けて。子供の手は探り当てたけれど、どうしても引き上げられなくて―」

私が気付く前に"眼鏡さん"はすぐ応えた。「早く連れて行って」私たち三人はその女性の家へと急いだ。

そのマンションの二階は一階に成り果てていた。その女性の家は三階だった。私たちは掘削する道具も手袋も持っていなかった。ようやく子供の身体にかかった砂礫をかき出すと、3歳から5歳くらいの子供の右足がコンクリート板にがっしりと押さえ込まれているのが見えた。

一番内側にいた"眼鏡さん"は出てくると、手で私を押しのけて言った。「道具のある人を探してくる!」 それから、十数名の消防士が5時間余りの救出活動を行い、ついに子供は母親の胸に戻った。母親がとめどなく涙を流している時、"眼鏡さん"は彼女の腕から子供を取り上げて抱え、臨時医療施設へと走って行った。

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