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中国陶磁器最高峰の至宝が日本でお目見え |
発信時間: 2009-12-29 | チャイナネット |
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佐賀県武雄市の陽光美術館で開催されている「至宝・千年の旅展」では、中国歴代の陶磁器100点が展示されているが、その中でも非常に注目を集めているのが、在日本中国歴史文物保護協会の對中如雲会長が皇帝窯の柴窯(さいよう)で焼かれたものだと言った「青百合花瓶」だ。 焼かれたのは1100年から700年前 展覧会が始まってから美術館を訪れる愛好者は絶えず、安倍晋三元首相も訪れた。また「青百合花瓶」やそのほかの文化財の展示により、對中会長の「青百合花瓶」の研究に関する書籍も多く売れている。 古代文献の記載によると、柴窯は五代十国時代、後周皇帝の柴栄のために磁器を焼いた官窯であり、中国陶磁器の最高峰とされている。オックスフォード大学が行った年代測定によると、「青百合花瓶」は1100年から700年前に作られたもので、これは後周皇帝の柴栄の在位時期とほぼ一致する。 数奇な運命 明の皇帝から足利義満への贈答品 日本側の説明によると、この花瓶は約600年前の明朝の皇帝が足利義満に贈ったもので、その後は古筆家が受け継いできたという。 12年前に初めてこの花瓶を見た對中会長は、その独特の青さに心を打たれ非常に夢中になっり、台風が過ぎて雨がやむたびに、花瓶の写真や実物を持って屋外に行き、空の色と比べて細かく研究した。陽光美術館の関口勝利理事長は、世界に柴窯で焼かれたものが存在するとすれば、この作品が第一候補だろうと言う。 来年には中国に「帰省」 主催側は国内外で「青百合花瓶」の巡回展を計画しており、来年には北京にやって来る予定だ。對中会長は「より多くの中国人にこの偉大な作品を見てもらいたい。私は『青百合花瓶』が、自分の由来や生みの親を知らない美しい女の子のように思え、12年一緒に過ごしたが、いつも私を家につれて帰ってほしいと訴えているような気がする」と話す。 「チャイナネット」 2009年12月29日 |
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