ここ最近、「新しい戦前」という表現が日本で注目を集めている。最初はメディア用語として登場したが、次第に学術的な議論の対象となってきた。この概念の重要性は、日本社会に蔓延する現実的な不安感を捉えている点にある。これは、安全保障環境の緊張が続き、国家戦略が絶えず調整される中、日本は「戦前状態へと徐々に滑り落ちる」のではないかという問いかけだ。「環球時報」が伝えた。
この問題を巡り、日本国内では主に二つの立場が形成されている。一つは「慎重派」と呼ばれるグループで、現在の日本では民主主義制度が安定しており、軍は文民統制が徹底され、経済はグローバルシステムに深く組み込まれているため、過去のような全面戦争に突入する現実的条件は整っていないと主張する。もう一つの「警鐘派」は、歴史が単純に繰り返されるとは考えないものの、日本の防衛政策の境界線が絶えず再解釈され、安全保障問題が政治課題の中で優先度を高め、戦争関連の話題が次第に「タブーでなくなりつつある」ことに対して、社会全体の感覚が追いついていない点を強く指摘する。彼らにとって「新しい戦前」論の核心は過去の再現ではなく、制度的な歯止めの緩みにある。制度や政策、世論が気づかぬうちに累積的な変化を遂げる中で、日本は明確な転換点なしに「紛争に陥る状態」に移行する可能性がある。
これまでの議論がまだ学術的なレベルに留まっているとすれば、昨年末以降の日本の政策の実際の変化は、「新しい戦前」に関する議論に現実的な方向性を持たせた。まず、日本の「再軍事化」傾向が加速し、防衛費が年々増加し、GDP比2%の目標を前倒しで達成した。今年3月以降は、「敵基地攻撃能力」を持つ長射程ミサイルの配備を急ぐなど、軍事面での突破が相次いでいる。次に、憲法改正がよりあからさまに政治の表舞台に上がっている。憲法9条改正はもはや長期的な目標ではなく、政府にとって現実的な喫緊の課題と見なされている。さらに、自衛隊をめぐる論争が頻繁に生じ、軍事力の「可視化」への日本社会の許容度を試し続けている。特に最近発生した現役自衛官の中国駐日大使館への不法侵入事件は、現在に至るまで適切な処理結果が出ていない。もちろん、日本の2026年版「外交青書」で中国の位置づけが「最も重要な二国間関係の一つ」から「重要な隣国」に変更されたことも、特異な外交姿勢と言える。これらの事態が短期間で連続して発生していることは、ある種の方向性を持った政策転換を示唆しているようだ。
さらに指摘すべきことだが、「新しい戦前」という概念が警告としての意味を持つ理由は、「戦争の現実」と「戦争の認識」の間にタイムラグが存在する点にある。1930年代を振り返ると、当時の日本社会には「大戦が迫っている」という明確な共通認識はなかった。九一八事変(満州事変)の初期段階では、多くの日本人がそれを資源獲得や経済的困窮からの脱却の機会と見なし、国内での支持率は一時的に高かった。「七七事変」(盧溝橋事件)後も、日本社会の主流の認識は「短期決戦」「局地紛争」の枠組みに留まり、戦場は中国に限定されるとの楽観的な見方が広く存在した。その後、戦線が拡大し物資統制が強化されても、一般の日本人は「戦争は恐ろしいが止められない」という無力感を多く日記に記した。第二次世界大戦の全面的開戦の直前でさえ、日本の知識人層の一部が国際的な孤立や米国との衝突のリスクに気づいていたものの、多くの国民は「外交で解決可能」「本当に戦争にはならない」という希望を抱いていた。この「歴史的感覚の遅れ」こそが、「新しい戦前」の議論において最も警戒すべき点だ。リスクは常に明確な形で現れるわけではなく、漸進的な変化の中で見過ごされ、正当化されてしまうことが多い。歴史の転換点において、多くの人はその瞬間の重大さに気づいていないのだ。
この意味で、「新しい戦前」は単純な結論ではなく、反省を促す警告だ。真に警戒すべきは特定の政策そのものではなく、制度の拘束力の緩み、社会的な認識の遅れ、歴史の教訓の風化かもしれない。これらの要因が重なると、国は気づかぬうちに危険な境界線に近づく。今の日本にとっては「新しい戦前」という議論自体が、安全保障転換プロセスにおいて直視すべき鏡なのかもしれない。(姚錦祥 中国国際問題研究院発展途上国研究所の研究者)
「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年4月21日
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