福島原発事故後、原発はどこに向かうのか

福島原発事故後、原発はどこに向かうのか。

タグ: 福島原発 チェルノブイリ

発信時間: 2017-02-15 13:12:10 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故、2011年3月11日の福島原発事故は、国際原子力事故評価尺度(INES)で最も深刻な「レベル7」を記録した。

チェルノブイリの深刻な事故は、世界各国に向け最高レベルの警鐘を鳴らした。その後科学界と産業界は原発安全問題を特に重視し、多くの方法と制度を考え、各国の原発利用の安全水準を高めた。原発の設計は進歩を続け、数世代も向上し、理論的には深刻な原発事故の再発を根絶した。例えばある設計にミスがあれば、原子炉全体が封鎖され外部流出を避けられる。これほど多くの理論と実践の進歩があり、人類社会は原発の安全に対する自信を深めるはずだった。

ところがこの美しい希望は、福島のレベル7の事故により無情にも打ち砕かれた。福島原発事故はチェルノブイリの25年後で、日本は原発の安全レベルを高める時間が十分にあったはずだ。ところが事故はやはり発生し、各国は原発への自信を喪失した。世界各地で原発反対運動が展開された。これは原発産業にとって非常に深刻な打撃だ。直接的な責任者は監督管理を担当する日本政府と、事故を雪だるま式に大きくした日本の原発事業者だ。

チェルノブイリ原発事故の発生時には、先例がなかった。旧ソ連の関係者は、これほど大きな事故になるとは想定できなかったのだろう。事故では瞬間的に爆発し、反応する時間もなかった。当時の原発設計も時代遅れで、爆発ですべての防護措置が無効になった。しかし事故発生後、旧ソ連当局は勇敢な決死隊を派遣した。多くの人員が義のため命を捧げ、短期間内に事故現場を封鎖した。事故は当初より非常に深刻で、その後は沈静化した。世界は当初非常に懸念したが、その後の各種データにより、事態が悪化を続けていないことが分かった。安心して事故の影響を評価できるようになった。

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