中国科学院の専門家はヒマラヤ山脈の隆起の歴史を再現し、それがチベット高原の気温が低下し湿度が下がった原因であることを明らかにした。関連成果は「地質学」(最新号)に掲載された。
同研究によると、暁新世から高海抜という特徴を持っていたカイラス山とは異なり、ヒマラヤ山脈は暁新世後期(今から約5600万年前)は海抜1000メートルほどだったが、中新世前期(今から約2100−1900万年前)に2300メートルまで緩慢に隆起していき、その後500−700万年の間に急速に隆起し、現在の高度に達した。
ヒマラヤ山脈の海抜の変化は、チベット高原の隆起の歴史を再現する上で重要だ。しかし学術界ではヒマラヤ山脈がいかに海から雪山になったのか、またいかにチベット高原と南アジアの環境と気候に影響を及ぼしたのかが明らかにされていない。
中国科学院チベット高原研究所の丁林氏のチームは中国科学院植物研究所及びインドの科学研究者と協力し、ヒマラヤ山脈の研究を行った。気候多変量データ解析によって、ヒマラヤ山脈の南北の各時代の植物群のエンタルピー値、その他の環境・気候変量を明らかにした。これによりヒマラヤ山脈の隆起の歴史、暁新世以来の降水・気温の変化などを再現した。
専門家によると、アンデス型のカイラス山と異なり、ヒマラヤ山脈はインドとユーラシア大陸の衝突から隆起を開始した。大陸の衝突の効果が続き、ヒマラヤ山脈は南に向かって成長した。ヒマラヤ山脈の海抜が古代のチベット高原を上回ると、高原の内陸部気候による乾燥が進み、最終的に現在の南アジア季節風が形成された。
研究によると、ヒマラヤ山脈の隆起により、北に向かう南アジアの季節風が遮られた。これはチベット高原が徐々に乾燥していった原因だ。
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2017年3月18日