「大陸で是非歌いたかった」テレサ・テン

タグ: テレサ・テン

発信時間: 2010-05-10 16:44:06 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

 

 障ナ麗君(テレサ・テン)が亡くなってから15年を迎えた8日、海峡両岸(大陸部と台湾)はフォーラム、コンサート、法事などさまざまな行事が催され、この世紀のスーパースターを記念した。

 7日、障ナ麗君(テレサ・テン)文教基金会が主催する「願わくば生きていて欲しかった---障ナ麗君(テレサ・テン)逝去15周年記念フォーラム」が台北君悦飯店で開催された。海峡両岸の文化、音楽界関係者、親類、生前の友人、仕事を共にしたパートナーらが一堂に会し、障ナ麗君(テレサ・テン)の音楽が中国語流行文化、経済生活に与えた影響を共に探った。ある出席者は、ひとりの流行歌手のために専門学術フォーラムが催されることは、両岸の音楽界にとって空前絶後だと述べた。

 障ナ麗君(テレサ・テン)の日本でのマネージャーを務めた舟木稔氏は1970年代から80年代にかけて、彼女を日本の芸能界でのスターダムを駆け上ったのを後押し、日本での芸能生活のピークを支えた。既に引退した舟木氏は、障ナ麗君(テレサ・テン)文教基金会の理事を務める。

 障ナ麗君(テレサ・テン)逝去15周年記念日の前夜、彼女の兄の障ナ長富氏は記者の取材に応じ、彼女は生前、学歴がなかったこと、大陸で歌うことができなかったこと、自身のライフワークが未完成に終わったこと、この3つの無念があったことを明らかにした。

 障ナ麗君(テレサ・テン)は14歳で歌手デビュー、その甘い歌声とあでやかな長髪で、天使のごとく中国語歌謡界で28年間にわたり活躍、世界中の華人に世代を超えて大きな影響を与えた。1995年5月8日、彼女はタイ・チェンマイで急逝した。死因については、様々な説がある。

 「人民網日本語版」2010年5月10日

コメント

コメント数:0最新コメント

コメントはまだありません。