文=ジャーナリスト 木村知義
「タガが外れた」という言葉がありますが、中国への的外れな非難、それと深く関わる米国はじめ欧米世界と日本での「動き」についてです。「ウクライナ問題」に関わって深刻な懸念を抱く日々となっています。
ここでは、ロシアによる「ウクライナ侵攻」が中国と向き合う世界、とりわけ日本の私たちにとってどんな問題を引き起こしているかという視角から考えてみます。
ウクライナ問題を考える前提
まず、ウクライナでの戦火に向き合う際の原則についてです。
(一)戦火を一刻も早く止めることが、何よりも優先されなければならない。
(二)そのためには軍事衝突の起源について誤りなく捉えることが不可欠。
(三)他国を武力によって侵し、支配することは許されるものではない。
(四)何よりも命が大切にされなければならない。
最低限これだけのことは前提として確認しておく必要があると思います。そして、戦火を止めるためには、軍事衝突はなぜ起きたのか、すなわち、軍事衝突の起源について本質的な突き詰めができなければ、道は見えてこないと考えます。
もとより「ウクライナ問題」は、欧州・ロシアのみならず広くユーラシア、アラブ世界をも包含する長い歴史性と民族、宗教、文明史にまで及ぶ広い知見と洞察を必要とする問題です。そして、いわゆる「カラー革命」、2014年のロシアによるクリミア半島併合、さらにウクライナ東部で続いて来た親ロシア武装勢力とウクライナ軍による内戦状態と言うべき「戦闘」(死者は1万数千人に上るとの試算もあります)、「ミンスク合意」破綻など、重要な歴史的経緯についての理解と構造的認識が不可欠となります。しかし、ここに紙幅を費やすことはできないので論点を絞ります。
二つの「非対称性」への省察
今「ウクライナ問題」と向き合う際、二つの「非対称性」について深く省察することを迫られていると考えます。
まず、冷戦後の欧州、ロシアにおける「安全保障」の非対称性です。
ソ連解体に伴い東側の軍事同盟である「ワルシャワ条約機構」は「消滅」したのですが、一方の米国が主導する戦後体制としての軍事同盟「北大西洋条約機構・NATO」は残存しただけではなく強化、拡大の一途をたどっているという「非対称性」の矛盾です。
もう一つは、人の命を巡る「非対称性」です。
私たちは、ウクライナに注ぐ視線と同じように戦火で苦しむ全ての人々に向き合ってきただろうかという、命に関わる「非対称性」への厳しい省察が欠かせないのではないでしょうか。一例だけを挙げれば、米国によるイラク侵攻の際はどうだったのか、です。かつてワシントン大学のエイミー・ハゴピアン博士が国際チームによる調査をもとにイラク戦争によるイラクの人々の「死者は約50万人と推定している。これはおそらく控えめな数字だ」と語ったことが『ナショナルジオグラフィック』誌で伝えられたことが思い起こされます。
メディアが言うように「ロシアの戦車がウクライナに侵攻して戦争が始まった」というだけでは浅薄に過ぎるということ、命、人道に関わる私たちの思慮の深さが鋭く問われているというわけです。
そのうえで、中国と向き合う私たちにとっての問題です、より深刻なのは。それが冒頭に書いた「タガが外れた」としか言えない問題です。
深い懸念を覚える世界の「空気」
ウクライナ問題を巡って米国はいち早くロシアへの「制裁」を各国に呼び掛けました。米ホワイトハウスのサキ報道官は、米国が主導する対露制裁に協調しない場合「重大な結果に直面することになる」と「報復措置」を取る可能性を示唆しました。イエレン財務長官は中国が米国に同調しないことをめぐって「さもなければ、中国の国際的地位に影響するだろう」と、居丈高としか言えない口調で「脅し」をかけました。「中国はロシアを支援する」、さらにはウクライナ問題にかこつけて「台湾有事」へと、全てのことが中国への非難につなげて語られる、度を越したとしか言いようのない状況が立ち現れています。米国に「まつろわぬ者」はすべからく「親ロシア」だ、さらに言うなら排除すべき「敵」だという発想なのです。こうした没論理としか言いようのない「空気」が世界を覆いつつあることには深い懸念を抱かざるをえません。
背景には、大きく揺らぎ始めた米国による一国覇権を、NATOという米国が主導する軍事同盟を軸にしてなんとか回復したい、そしてバイデン氏が常に力説する「同盟諸国を動員」して、もう一度米国主導の世界に戻したいという根深い願望があることを見ておく必要があると言えるでしょう。
ウクライナから吹く逆風とはこういうことなのです。
米国の「国家防衛戦略」と日本の在り方
ウクライナ情勢が深刻さを増す中、3月28日、米国防総省はバイデン政権になって初めての「国家防衛戦略」を米議会に提出しました。そこでは中国を「最重要の戦略的競争相手」と位置付けました。ヒックス国防副長官は記者会見で「ウクライナの人々のことは、最も心に留めている」としながらも「中国には、われわれの利益に挑戦する軍事的、経済的、技術的な潜在能力がある」として優先順位を「インド太平洋における中国、次に欧州におけるロシア」と、対抗すべき対象の第一に中国を挙げたのでした。
さらに重要なことは、中国を「抑止する」ために、同盟国と共に軍事・非軍事力を結集する「統合抑止」という概念を打ち出したことです。そこでは「ロシアのウクライナ侵攻への対応が示したように、同盟国との連携は米国の強みで、目標達成に不可欠」とするとともに、技術開発や人材育成を通じて米国の「永続的な優位性」を確保することを掲げました。そして、中国との「大国間競争が激しくなる一方、米国の軍事力にも限りがある中で、日本を含む同盟国との協力を深めて対抗していく」と、日本に対する位置付けが強調されていることに、とりわけ注意を払う必要があると感じます。
問題は、私たち日本の在り方ということになります。
「防衛費GDP比2%への増額」「敵基地攻撃能力」(反撃能力と名称を変えても本質的には何も変わりません)をはじめ、「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の「見直し」など、全てにおいて「中国の脅威」、「台湾有事」が語られます。
世界を分断し、中国の脅威をあおり、まさに歴史を逆回転させようとする動きが、欧州のみならず東アジア、とりわけ日本において顕在化していると言えます。この状況にどう立ち向かうのか。中国を見る曇りのない目と、誤りない深い洞察を、私たち一人一人が鋭く問われる時代になっていると痛感します。
歴史の歯車を逆回転させてはならない、そんな思いを強くしながら、そしてここでは尽くせていないいくつもの大事な問題について、引き続き皆さんと考え続けていかなければと胸に刻みながら、この稿の筆を置くことにします。
「人民中国」より 2022年5月10日