林国本
仕事で日本に長期滞在していた頃は、ちょうど第一線を引退した現在に近い、生活に困らない「自由業」のような暮らしをしていたので、よくヒマな時に神田神保町の書店街をブラブラして、面白いと思う本を買っていた。たまたま、中国が改革、開放政策を実施し始めた時期でもあったので、これから政治とか社会とかいうテーマのほかに、ジャーナリストとして経済の知識を身につけておかないと、肩身の狭い思いをするようになるのではないかと思い、経済についての本なんかも次々と買い集めていた。その時に「金儲けの神様」といわれていた邱永漢先生の本も何冊か買い求めていたが、仕事に追われていたので、結局ツンドクしたままだったが、その後、任期を終えて帰国した後、その頃買い求めた本を次々と読むことにした。もちろん、「日本のメイン・バンク制について」とか、「円高、円安について」とか、かなり専門的な本もあったが、その中で私のような経済のスペシャリストではない人間にとって、邱永漢先生の本は、ハウツーもののように非常に分かりやすいものなので、何回も読んでいた。
邱永漢先生はかつて日本に留学したことのある台湾出身のお方で、その後、事情があって香港に移住し、さらには日本に移って永住し、直木賞をも受賞し、株式の取引や商売で、自分の話では門外漢から「株の神様」、「金儲けの神様」といわれるほどの存在となり、マスコミにもしばしば取り上げられていた。
邱永漢先生は、私にとっては中国経済の真髄を知る上での「師匠」であるというと不思議に思う人がいるかも知れないが、私のようなエコノミストではない、中国式でいえば「万金油」タイプの人間(何でもかじっているということ)に、一番分かりやすい言葉でそのものズバリと話してくれる希少の人物であった。
中国経済は今日ここまで来るには、いろいろ曲折があったし、時にはどっちに転がるのか分からないようなシーンもあったが、そういう時には邱先生の本をひもといて、一人悦に入っていた。邱先生のような経歴の方がなぜ中国の経済についてこれほど詳しいのか、なぜこれほどドンピシャリといえる結論を引き出せるのか、おそらく邱先生は株の取引や、ご自分で言われている、時には失敗することもある商売の世界でもまれる中で身につけた「本因坊クラス」の実学だと思う。