談・東京大学社会科学研究所教授 丸川知雄
中国のこの10年を振り返り、産業発展という角度から中国経済発展の観察と見解を語る。
「高所得国」まであと一歩
10年ぐらい前には、中国が「中所得国のわな」にはまるという議論が中国の経済学者の間でも非常に盛んだったが、結果的にはわなにはまらず、どうやら駆け抜けそうだ。中国が中所得国になったのは90年代末のことで、昨年は年間一人当たりのGDPが12551ドルに達している。世界銀行が2021年7月に出した高所得国の条件は1人あたりのGNI(国民総所得)が12695ドル以上だから、1人当たりのGDPを2%増やすと高所得国になるという段階にまで来ている。
中国国内の経済状況は多様で、広東省などの沿海部はすでに高所得国の基準を超えているし、内陸部でも重慶市や湖北省あたりはその水準に達している。つまり、人口5億人が住んでいる地域が「高所得国」のレベルにあるということになる。反面、東北3省や内モンゴル、天津などは経済発展が停滞している。ここで注意しなければいけないのが、高所得国すなわち先進国ではなく、両者は同じ概念ではないということだ。中国は高所得国の仲間入りをしたあとも15年は発展を続け、ポルトガルやチェコ共和国など欧州の中等国家に匹敵する発展レベルに達する可能性があると私は予測している(注:ポルトガルの2021年の1人あたりGDPは約2.4万ドル、チェコ共和国は2.6万ドル)。
急速に発展する新たな産業技術
次に技術について。中国の産業技術の進歩を最も象徴するのが特許の数だ。中国は2019年に世界知的所有権機関の特許協力条約(PCT)を通じて58990件の特許申請をし、米国の57840件を抜いて、国際特許出願数が最も多い国になった。実力の点でもかなり伸びているのは間違いないだろう。一番貢献しているのはファーウェイで、特に何に貢献しているかというと5Gだ。2021年時点で、5Gに関する3分の1の標準必須特許は中国企業によるものだ。
2020年の新型コロナウイルス発生後は、様々な新技術が応用されているようだ。コロナで打撃を受けた経済を回復させるため、新型インフラ建設として5Gの基地局が急速に全国に敷設され、5Gの契約者数も伸びた。5Gの技術を応用すれば、例えば炭鉱を自動で掘削したりなどということもできるそうだ。
ここ数年の中国の産業の大きな変化といえば、何といっても中国で新エネルギー自動車と呼んでいるEVが大きく伸び、昨年は354万台を生産・販売したということだろう。この354万台というのは韓国の自動車生産台数に匹敵し、自動車産業でいうと中堅国並みの水準だ。それをEVだけで成し遂げているのみならず、新車の2割をEVにという目標を3年も早く達成している。ちなみに今年はEVの生産台数が650万台という予測で、日本の自動車販売台数(約500万台)を上回る。これだけ規模が大きいと新規参入が多く、メーカーがとにかくたくさん出てきて、1000万円近くの高級車から60万円くらいまでの低価格車に至るまで、非常にバラエティー豊かな車種が展開されている。新興EVメーカーが次々と出てきて、IT企業参入も大きな台風の目になっている。
EV化とともに中国では知能ネット自動車にも力を入れており、ネットワークに接続され、人工知能を備えた車を政府が旗を振って盛んに開発している。自動運転にとどまらず、スマートコックピットというものが広まりつつある。これは例えばスマホと車内のシステムを連動し、スマホに行き先を入力してそのスマホを車内に持っていくと、車の画面にその情報が表示されナビしてくれる、というようなものらしい。自動運転は今年からすでに実用化段階に入ろうとしているようだ。今年8月、深圳で知能ネット車管理条例が施行され、自動運転車の合法的地位が確立された。百度は2023年までに全国30都市に3000台の無人タクシーを配備する計画を発表している。中国では、自動運転タクシーがいよいよ現実のものになろうとしている。