世界銀行グループMIGA 元長官・国際アジア共同体学会理事 井川紀道=文
今年10周年を迎える「一帯一路」はさまざまなプロジェクトを扱っているので、一面的に見てはいけない。重視すべきは「一帯一路」の果たす役割だろう。インフラ投資として、共同建設国の鉄道事業などの交通インフラを改善した面もあるし、デジタル化などにも貢献している。
私にとって非常に印象深かった経験は、中国の当局者や研究者と「一帯一路」について意見交換するときの姿勢だ。こちらが良い話をするともちろん喜ばれるが、問題点を指摘してくれと言われることも少なくない。中国の政策担当者の中にも虚心坦懐に、良い面も悪い面も聞いて改善していきたいと考える方もおられるのだ。このようにマイナス面も前向きに捉えようとする方々がおられることには、心強さを感じる。
二つの顔を持つインフラ
米国などの西側諸国からは、「一帯一路」すなわち「債務の罠」だという声も聞かれるが、いかがなものだろう。
最初に明確にしなければいけないことは、「一帯一路」は主にインフラプロジェクトを発展させるための協力であるということだ。
インフラプロジェクトは経済発展と民生の向上に寄与するとともに、投資が過大になれば、債務の持続性に問題が生じるという二つの顔を持つ。この点については、古くから議論されてきた。西側の指摘は後者であり、片方だけ見て問題ばかりを列挙するのは、バランスの取れた見方ではなかろう。
私は日本の円借款を担う海外経済協力基金(OECF:現在はJICAに統合)の総務部長をしていたが、日本の援助はどちらかというと例えばASEAN諸国で橋を作ったり道路を作ったりなど、インフラ重視の傾向にある。それがASEAN諸国の発展につながったといえよう。対して私が所属していた1998年当時の世界銀行は少々違った考え方で、今後は教育や保健衛生が大切と考え、力を入れていた。
IMF(国際通貨基金)も債務の持続性を強調し過ぎていて、常に正しいとは限らない。例えば98年に起こったアジア金融危機の際にIMFが出した処方箋にはかなり無理があり、まるで風邪をひいた患者にマラソンをすれば元気になるよと言うようなものだった。その経験から、アジアにおけるIMFの評判は地に落ちた。私が言いたいのはその是非ではなく、IMFや西側の援助機関のしてきたことが全て完璧というわけでは決してなく、間違いもしてきたということだ。
一方、インフラ投資を重視する「一帯一路」やアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、私はそのポジティブな側面を評価してきた。
しかし前述の通りインフラ投資には二面性があるため、「一帯一路」においては過剰債務になって債務の持続性が問題になったり、いわゆる債務の罠を起こしたりしないよう、絶えず注意を払う必要がある。インフラ投資には良い面とともに、行き過ぎれば副作用が出るという認識のもと、絶えず優良案件に適正な規模で投資していくべきだ。
「北京クラブ」という新しい試みを
次の10年に向けて「一帯一路」をさらに発展させるためには、中国がより積極的なリーダーシップを発揮することが必要だ。その柱は三つある。
一つは債務救済で経済大国としてリーダーシップを発揮してもらうということ。鍵は「パリクラブ」を補完する「北京クラブ」を主宰していくことにある。
途上国支援の際、欧米や日本は貸した金がずっと返ってこないという問題を長らく経験してきた。今まではフランスの大蔵省が音頭を取って60年以上の慣行で出来上がった、情報をシェアして透明性を持たせ、同一ルールで運営する通称「パリクラブ」の存在が大きかった。このパリクラブがあることで、国家間の債務問題は非常に管理しやすくなった。私は中国が「債務の罠」を含める債務問題について批判されないようにするためには、例えば債務の回収に困る国がいたら仲介するなどして、積極的かつ能動的に働き掛けるべきだと思う。パリクラブはパリで開催されるものだが、ケースバイケースで北京クラブを開いて取りまとめを図るくらいのリーダーシップを発揮しても良いのではなかろうか。中国もこれだけ経済大国になったのだから、ニューイニシアチブで債務問題への貢献をする形で、対外アピールを行うことを考えてもいいと思う。
二点目は開発援助について。日本では1977年に政府開発援助のODA5カ年倍増計画を出し、すぐに達成された。その後5年ごとの中期計画を出したことでどんどん膨らみ、一時は世界一になったこともあった。基本的に日本の援助は国益よりも本当に途上国のことを考えてやってきたものだ。
実は中国の援助担当者の中にも、そういう方向へ行きたいと思っている人がいる。中国の援助を研究する日本の研究者に聞くと、中国も無償援助を結構行っているという。台風で被害が起きた国に駆けつけて援助を行うなどしているようだが、それが全く日本では報じられない。中国は開発援助対策問題について、発信方法を見直したほうが良いような気がする。
日本の場合、仮に国内に金がなくても外貨準備が貯まったことによる外国為替特別会計があった。中国も溜まった米㌦の有効活用を兼ね、援助の特別会計的なものを作れば、国内の予算を圧迫しないで済むのではないだろうか。日本の研究者によると、中国にはまだまだ援助を行う余地があるということだった。災害援助などを積極的に行うことで、受益国の信頼を高めていくことが大事だ。
最後に研究の取り組みについて。「一帯一路」に対する欧米のシンクタンクの批判は全体的なものではないが、中国が真面目にやっているといってもおおむね信用してもらえないのが事実だ。よって、研究機関やシンクタンクが欧米でも日本でもない受益国の視点から、総合的にきちんと研究することが大事だ。セルビアなどはEU内の国だから中国との関係も重要だが欧州との関係も重要で、中国にはお世話になりたいがあまり中国一辺倒でも良くないと、多角的視点を持っている。「一帯一路」が成功するには、セルビアのような多角的かつ総合的な視点を持つ人をいかに増やすかにかかっていると言えるだろう。 (聞き手・構成=呉文欽)
「人民中国インターネット版」2023年10月11日