1960年代の中国の科学技術の成果

人民網日本語版  |  2009-09-09

1960年代の中国の科学技術の成果。

タグ:科学技術 60年

発信時間:2009-09-09 16:56:46 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

 初めての短距離弾道ミサイルの開発に成功

 1960年11月5日、中国初の短距離弾道ミサイル「東風1号」の発射が成功した。中国が弾道技術把握の面で重要な一歩を踏み出したことを表している。この発射成功で、覇権国家の「中国の弾道ミサイルは永遠に空を飛ばない」という予言を打ち破り、人民共和国の戦略ミサイル部隊の発展の道を切り開いた。


 

 初めての水爆実験に成功

 1967年6月17日、中国西部地区で初めての水爆実験に成功した。この実験は中国の初めての原爆実験成功に続き、核兵器の開発分野での更なる飛躍で、中国の核兵器開発が新たな段階に入ったことを示す。

 水素爆弾は「熱核武器」とも呼ばれ、水素元素の原子核が高温下で融合反応し巨大なエネルギーを放出する瞬間を利用して殺傷・破壊する武器で、熱核材料、起爆装置、外殻から構成される。

 水素爆弾は爆発時に、起爆装置の原子爆弾がまず爆発し、数千万度の高温になり、重水素やトリチウムなどを急激に融合させて巨大なエネルギーを放出し、猛烈な爆発を起こす。

 水素爆弾の実験に成功すると同時に、中国政府は再度次のように表明している。「中国が必要かつ制限的な核実験を行い、核兵器を開発させるのは、完全に防衛のためであり、最終的な目的は核兵器を廃絶させることだ。」「いついかなる状況下でも、中国は核兵器を先制使用することはない。」

 

 初めての地下鉄を建設、開通

 北京の地下鉄は1965年7月1日に建設が開始され、1969年10月1日に初めての地下鉄が開通した。北京は中国で初めて地下鉄を持つ都市となった。

 1950年代末に中国とソ連との関係が悪化した後、中国は北京、瀋陽、上海の重要な3都市で地下鉄を建設し、平時と戦時を結びつけた戦争準備の防御手段とする計画を立てた。まず北京の地下鉄の建設が開始され、第一期プロジェクトは1965年7月1日から始まった。同地下鉄路線は長安街と北京城壁の南縁に沿って西から東へと北京市を横切り、西山の衛戍部隊駐屯地と北京駅を結ぶもので、開削工法を採用し、全長23.6キロメートル。17の駅と車庫(古城車庫)を設置、1969年10月1日に開通した。計画によると、北京の地下鉄は戦時に毎日、陸軍整編5師団を西山から北京市内に輸送することができる。瀋陽と上海の地下鉄計画はその後、延期された。

 戦争準備プロジェクトに属することから、北京の地下鉄は開通後長い間一般に開放されず、紹介状がなければ参観、乗車できなかった。(編集YH)

 写真は1965年7月1日、北京地下鉄の建設開始式典に参加する国家指導者・朱徳、トウ小平、彭真、李先念などの諸氏。

 「人民網日本語版」2009年9月9日

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