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南京大虐殺の最後の証人たち
発信時間: 2007-12-17 | チャイナネット
呉秀蘭、当時22歳。1937年8月16日、旧日本軍の爆撃機3機が中華門で爆弾を投下した。そのうちの1本は河の中で爆発し、彼女の二人の娘の命を奪った。彼女自身も左側の足を失った。
 
薛秀英、当時7歳。1937年に南京が占領された翌日、旧日本軍は金陵女子学院文理学院難民収容所にいた一部の南京市民を下関江の岸に連行し、彼らを一掃射撃した。薛秀英の兄の薛裕賢及びいとこの鄭厚慶もその中の二人である。
 
周粉英、当時22歳。旧暦1938年2月20日、彼女は如皋白蒲鎮で旧日本軍に強制連行され、慰安婦として3カ月屈辱を受けた。
















「チャイナネット」2007年12月17日

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