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中国農民が見た日本 見えない手が前進を促す
発信時間: 2008-07-14 | チャイナネット

初めて日本を知ったのは、子供のころにテレビで見たアニメでだった。1970年代生まれの私は初めて「一休さん」を見たときの事をまだはっきり覚えている。改革・開放初期の中国の農村では、テレビはまた普及していなかった。当時私たちが住んでいた済南郊外の村には全部で2、3台の白黒テレビしかなかった。見たくてたまらない「一休さん」を見るために、同級生たちはテレビのある同級生に先を争って飴やお菓子を贈ったものだ。夕方になると皆が集まって、首を伸ばして物珍しさに目を輝かせ、好奇心一杯で異国のアニメを観賞し、物語の進展と共に喜び、絶賛し、心を傾けたものだ。一休さんの賢い「坊主頭」に皆深く引き付けられていた。(文:山東省・済南 李虎)「中国青年報」が伝えた。

 

その後に見た「花の子ルンルン」、「トランスフォーマー」も記憶に新しい。

 

現在の子供たちは「ウルトラマン」に夢中だが、私は息子にわざわざ「一休さん」のシリーズを買って与えた。一休さんの賢さと知恵を見習って、一休さんのような聡明で博学な人になってほしいと思ったからだ。

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