1946年の春、日本の新聞は紙面を大きく割いて、「世界中の視線が我々に集まっている」「失意の中から立ち上がろう」と報道した。天皇も「十年生聚し、十年教訓す」という越王勾践の精神で国民を鼓舞し、恥を忍んで重責を担い、臥薪嘗胆するよう呼びかけた。皇族や政治家から庶民まで誰もが、「飢え死にするか、それとも一生懸命働くか」と士気を高めた。
1959年、中国は「英米に追いつけ追い越せ」の精神でいたが、敗戦国の日本はまるっきり視野になかった。しかし20年余りの努力の結果、日本はどん底から這い上がった。まさに「英米に追いつけ追い越せ」の状態になり、最終的には米国以外のすべての国を追い越して、経済力は世界第二位に躍進し、先進国となった。
日本の現在の景気後退は敗戦後のあの一時期の深刻な状況とは比べ物にならない。1973年以来、中国をはじめ多くの国は、日本の奇跡的な成長はまもなく終わると何度も予言してきた。特に、1973年と1979年のオイルショック、1986年の円高、1990年代末の不景気の際に。しかし、日本の経済は危機を乗り越えるたびにより強くなって適応力が増し、80年代、90年代でさえ経済競争力は8年連続で世界トップだった。
日本の実体経済は欧米諸国よりも深刻なダメージを受けたが、金融機関が受けた傷はそんなに大きくない。日本政府は、外部の環境を変えることが困難な状況において、日本経済を危機から脱却させるためには、個人消費を刺激し内需を拡大するしかないと認識している。したがって、昨年以降3回にわたって総額75兆円の経済対策を打ち出し、国民生活、中小企業の融資、金融市場の安定、就業の拡大などの問題を解決することで、海外市場に過度に依存している経済を一刻も早く谷底から引き上げたいとしている。米国の学者は、経済危機だからといって日本経済の強大な実力を無視、ひいては否定することはできないと指摘する。ある程度時間が過ぎれば、日本はより強大な実力と競争力をみせるだろう。
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