中日関係を著しく損ねるのは、一部の右翼分子と政治家だとよく言われる。第二次世界大戦前の軍国主義者にせよ、戦後の右翼分子にせよ、日本人全体に占める数は微々たるものだ。しかしこの少数派が、日本を永遠に回復できない窮地に押し込んでいる。
弱気な政府と国民の服従心理
日本で生活したことのある人ならば、不思議な印象を受けるだろう。日本人は個人レベルでは礼儀正しく、教養に富み、文化的な感覚がある。しかし一つの国としての日本は、歴史的にも現実的にも暴力と偏執に満ちている。
個人と集団の差がなぜこれほど大きいのだろうか。この問題に答えるためには、日本社会の組織文化と政治環境に触れざるを得ない。
日本人は幼い頃より団体と国家に対する忠誠心を注ぎ込まれており、年長者・先輩・上司を敬う。団体もしくは国家の指導者の思想・意識が、団体・国家の大きな方針を決定することが多い。大部分の日本人は単なる追随者に過ぎない。彼らは指導者の選んだ道を認めないが、理に基づき争うこともせず、指導者の権威に挑戦する人は稀だ。彼らは政治にあまり関心を持たないが、政府がやるとなったら往々にして服従し、政治の渦に受動的に巻き込まれ、潜在的なリスクを担うことになる。
日本の政治は古来より極端に閉鎖的で、一族による政治、教師から生徒への伝承が特徴的だ。政治家はいずれも政治家の家庭に生まれ、一般人にとっては及びもつかない存在だ。派閥抗争が熾烈で、軍人による政治への干渉が頻繁で、民間の極端な勢力が強い力を持つ。明治維新より、日本には強い力を持つ内閣、行動力のある政治家が不足している。日本の政策決定は常に軍の強硬派、右翼団体、右翼の党などの極端な勢力から強い影響を受けており、さらにはこれらの勢力に支配されている。軍もしくは右翼の過激な主張と行動に対して、日本政府は成り行きに任せることもあれば、表面的に抵抗することもあるが、直接反対しこれを制止することはない。
多くの日本人の沈黙と弱気な内閣とは対照的に、右翼と極端な保守勢力は人数が少ないが、自ら進んで人の先に立とうとし、強い力を発揮する。政治への参加の意欲が強く、その行動は誇張された荒唐無稽なものだ。
100年以上に渡り、日本の基本的な国策は極端な勢力、内閣・政府、国民の3者によって形成され、極端な動きを何度も繰り返している。日本の歴史における大きな動きは、一般的に軍国主義分子、もしくは右翼勢力という少数派から始まり、政府に措置を講じ極端な政策を制定するよう迫り、最終的に国民全体を熱狂的に参与させる。19世紀末から1945年にかけて、日本が仕掛けた対外侵略および政策制定の過程はこうだった。
日本国内の右翼勢力と軍国主義者が常に少数派であることは否定できないが、日本政府の弱腰と国民の集団主義的な考えと服従心理のために、多くの国民の運命が日本軍国主義という戦車に縛り付けられている。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2013年11月30日