歴史を鑑とし、右翼の言論と戦う
戦争で生き残った人々が何か為になることをしたいと考えた時、最も重要なのは、平和を守り、戦争の再来を防ぐことである。小川さんによると、名古屋は平和を愛する町だが、右翼の勢力が強いことでも知られ、現市長は日本の右翼の先鋒である。政治家の一部が歴史の事実を顧みず、「南京大虐殺はなかった」などと言い出すのは、「歴史をきちんと調査して研究したことがない」からだ。
右翼のおかしな言論には断固として反対し、これを放置すべきではない。こうした言論が社会で影響力を持ち始めれば、一般市民の価値観にも影響を与え出す。1945年当時、17歳だった小川さんの兄の最大の願いは兵隊となることだった。小さな頃から軍国主義教育を受けていたため、天皇のために戦い、天皇のために死ぬことが最大の栄光だった。第二次大戦末期、日本は「神風特攻隊」の自爆作戦を繰り返していた。小川さんの兄はそれを知りながら、空軍入りを希望し、東京で飛行士の面接も受けた。結局、視力不足で入隊することはできなかった。こうした行動は今考えればおかしいと思われるかもしれないが、当時は「神聖」なものに感じられた。
歴史は鑑(かがみ)としなければならない。小川さんは、日本が右傾化していることを警戒している。「日本の国会と内閣は、平和憲法の9条を変更しようとしているが、正しいこととは言えない。憲法修正は戦争に道を開くことを意味している」。小川さんのボランティア仲間は皆、憲法9条変更と日本の軍隊保持に反対している。「日本の庶民の支持を得られなければ必ず失敗することになる」
「中国網日本語版(チャイナネット)」 2014年11月26日