林国本
日頃、中国のあちこちの職場で日本語と関連のある仕事をしている人たちと触れ合う機会があるが、この人たちは自分たちの仕事に生きがいを感じるとともに、新しいニーズにいかに対応していくかについていろいろと考えていることに気づいている。
私はこういう場合、いつも自分たちの世代の経てきたことを体験談の形で語っている。
私は虚像か実像か定かでないが、一応この世界では経験豊かな人間と見られているが、しかし、事実はどうかというと、実態はたえず中国の発展に合わせて自己変革を続けるプロセスの中に生きてきた人間と言った方が正確かも知れない。つまり、たとえ「ベテラン」と見られている人間にしても絶えず心の中に矛盾と葛藤を抱え、たえず変化と前進、ときには停滞の過程で悩みながら前進することに努めて来たと言った方がよい。
ブログというものは、だいたい千字ぐらいのものでないとクリックしてもらえないらしいが、これは情報化時代の当然の動きともいえよう。そういうことでなるべく簡潔に話をすすめたいが、私たちの世代は何度か大きなパラダイムの変化を経てきているので、社会というものは生き物のようにたえず動いているものと達観している。