share

人民日報記者がオランダで取材 歴史の真実が示す「解放者」と偽る日本右翼の厚顔無恥

中国網日本語版  |  2026-05-22

人民日報記者がオランダで取材 歴史の真実が示す「解放者」と偽る日本右翼の厚顔無恥。

タグ:

発信時間:2026-05-22 16:41:42 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

歴史は決して遠ざかっておらず、好き勝手に書き換えてよいものでもない。これは欧州で長年取材を続ける中で、ますます強く感じていることだ。人民日報アプリが伝えた。

オランダを例に挙げよう。オランダでは毎年8月、厳かな追悼行事によって、第二次世界大戦中にオランダ領東インド(現在のインドネシア)の日本軍占領下で命を落とした同胞を悼む。名前、顔、暴力によって断ち切られた人生。その一つ一つが、欧州とアジアの歴史と記憶の交差点を形づくっている。

しかし、日本の右翼勢力は長年にわたり荒唐無稽な物語を売り込んできた。日本はアジアの「解放者」だったというものだ。このような主張は、他国を植民地支配した経験もあり、また侵略を受けたオランダ人にとって、歴史に対する公然たる愚弄にほかならない。

欧州社会では近年、自らの植民地支配の歴史に対する反省が深まり、祖先が犯した植民地主義の罪を直視しようとする人が増えている。この姿勢自体は肯定されるべきだが、それが日本の右翼が侵略の歴史を正当化するための口実になってはならない。理屈は単純だ。ある植民者が追い出されたからといって、その後に銃を持ち押し入ってきた侵略者が「解放者」に変わるわけではない。

歴史の事実こそ最良の反証だ。

1942年、日本軍はオランダ領東インドを占領した。現地の人々を待っていたのは自由ではなく、さらに深刻な災厄だった。民間人は収容所に押し込められ、軍人は捕虜となり、飢え、病気、殴打、死が常につきまとった。いわゆる「解放」とは、実際には苛酷な軍事支配と終わりのない強制労働だった。

1944年2月、日本軍はインドネシアのスマランで、複数の収容所にいたオランダ人女性を強制的に慰安婦にした。この一度の連行だけでも100人以上が捕らえられた。占領地域全体では、多くのオランダ人および混血の女性が組織的に慰安所へ送られ、制度的な性奴隷として扱われた。これは「戦争の副次的被害」ではなく、国家機関が主導した暴力だった。

「死の鉄道」も見よ。タイ・ビルマ国境の戦略ルートを切り開くため、日本軍は6万人以上のオランダ、英国、豪州の捕虜と、約20万人の東南アジアの労働者を強制徴用した。最終的に、1万人以上の連合国軍捕虜と9万人以上の労働者が工事現場で無残にも命を落とした。一本一本の枕木の下には、搾り尽くされた命が埋まっている。その鉄道は血と骨で敷かれたものだった。

オランダでは多くの民間団体が数十年にわたり被害者のために奔走し、謝罪と賠償を求め続けてきた。歴史は忘れてはならないし、ましてや歪めてはならない。これは記者がオランダで取材する中で、被害者の遺族や記念施設の関係者が繰り返し強調した、素朴でありながら揺るがない一つの道理だ。ひとたび歴史の真実がぼかされ、書き換えられれば、あらゆる反省、追悼、和解はその土台を失う。

まさにそれゆえ、日本の右翼が侵略を「解放」と、強制労働を「善意」と、墓場を「歴史の証人」と言い換え、さらに「時代背景は複雑だった」「戦争には多面性がある」といった言い回しで侵略を美化し、責任を薄めようとするならば、それは歴史の説明ではない。亡くなった人々への冒涜であり、生存者への加害の繰り返しだ。

日本の侵略者がアジア諸国にもたらしたものは、解放ではなく災厄だった。この歴史に向き合ううえでの最低限の敬意はただ一つ、歪曲をやめることだ。罪を直視してこそ、亡くなった人々への本当の慰めとなる。善悪の境界を守ってこそ、歴史への反省は意味を持つ。歴史の本来の姿を書き換えようとするあらゆる行為は、やがて時間と良心によって裁かれるだろう。

「中国網日本語版(チャイナネット)」2026年5月22日

Twitter Facebook を加えれば、チャイナネットと交流することができます。
中国網アプリをダウンロード

日本人フルタイムスタッフ募集     中国人編集者募集
「中国網日本語版(チャイナネット)」の記事の無断転用を禁じます。問い合わせはzy@china.org.cnまで