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アジアの「解放者」を装う日本の企ては徒労に終わる

「人民網日本語版」  |  2026-05-27

アジアの「解放者」を装う日本の企ては徒労に終わる。

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発信時間:2026-05-27 16:53:38 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

日本右翼勢力は長年にわたり、日本がアジアの「解放者」であったという荒唐無稽なナラティブを売り込んできた。このような謬論は、かつて他国を植民地支配し、自らも侵略を受けたオランダ人にとっては、歴史に対する公然たる嘲弄に等しい。近年、欧州社会は自らの植民地支配の歴史を深く反省しつつある。先祖がかつて犯した植民地支配の犯罪行為を直視し始める欧州人が増えてきている。このような反省は肯定に値するが、それが日本右翼勢力による歴史美化の口実に利用されることがあっては断じてならない。理由は簡単だ。ある植民地支配者が追い払われたからといって、その後に銃を携えて侵入してきた侵略者が「解放者」になれるわけでは断じてないからだ。人民日報が伝えた。

歴史の事実が最良の反論である。1942年、日本軍はオランダ領東インドを占領した。現地住民を待っていたのは自由ではなく、さらに甚大な惨禍であった。民間人は強制収容所に入れられ、軍人は捕虜となり、飢餓、疾病、暴行、死が影のようにつきまとった。いわゆる「解放」の実態は、苛烈な軍政と終わりなき奴隷的酷使であった。

1944年2月、日本軍はインドネシアのスマランで、複数の収容所にいたオランダ人女性に対し、「慰安婦」となることを強制した。この一度の連行だけでも、100人を超える女性が拘束された。占領地域全体では、多数のオランダ人女性や混血女性が組織的に慰安所へ送られ、性奴隷化の被害を受けた。これは「戦争に伴う付随的被害」ではなく、国家機関主導の暴行であった。

さらに「死の鉄道」を見てみる。タイ・ビルマ国境を結ぶ戦略通路を開通させるため、日本軍は6万人以上のオランダ・英国・オーストラリア軍捕虜と、約20万人の東南アジア人労働者を強制徴用した。最終的に、1万人以上の連合軍捕虜と9万人以上の労働者が建設現場で命を落とした。枕木の一本一本の下には、搾取され尽くされた命が埋まっている。

記者がオランダで取材した際、複数の被害者遺族や記念施設の職員は、シンプルでありながらも確固たる道理を繰り返し強調した。「歴史は忘れてはならず、ましてや歪曲されてはならない」ということだ。ひとたび歴史の真実が曖昧にされ、改竄されれば、あらゆる反省、追悼、和解がその土台を失う。だからこそ、オランダの多くの民間団体は数十年にわたり被害者のために奔走し、謝罪と賠償を求め続けてきたのだ。

日本右翼勢力が侵略を「解放」と言い変え、奴隷的酷使を「善意」と言い変え、墓場を「証拠」と言い変えたうえ、「時代背景が複雑だった」「戦争には多面性がある」といった言葉で侵略を美化し、罪責を矮小化する時、それは歴史を説明しているのでは断じてなく、死者への冒涜であり、生存者に対する再加害なのである。

日本の侵略者がアジア諸国にもたらしたものは決して解放ではなく、惨禍であった。この歴史の扱いにおける、最も基本的な尊重は「歪曲を止める」の一言に尽きる。犯罪行為を正視してこそ、死者に対する真の慰霊となる。善悪の最低限の一線を守ってこそ、歴史の反省は意味を持つ。歴史の真実を塗り替えようとするいかなる行為も、最終的には時間と良識によって審判を下されることになる。(編集NA)

「人民網日本語版」2026年5月27日

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