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中国初の自動車合弁会社 30年の変遷
発信時間: 2008-07-23 | チャイナネット

中国の自動車製造には50年の歴史があり、1950年代に吉林省の長春からスタートした。自動車工業の改革・開放が始まったのは、「北京ジープ」の誕生からだ。

 

完成車合弁会社の誕生

 

北京ジープ公司が成立したのは1984年1月15日。これは中国自動車工業の合弁がスタートした重大な出来事だった。1979年2月には、第一機械工業部(当時の国務院直属の政府機関)と北京市政府が共同で、「北京自動車製造工場と米国自動車会社の合資経営ジープ公司」に関する報告を提出した。共同出資経営の契約調印式は、1983年5月5日に人民大会堂で行われた。

 

当時の契約は、軍用212ジープの共同開発だったが、その後、ある責任者が米国に行った時、ジープ・チェロキーを直接導入すればよいと考え、ジープ・チェロキーを先に生産することになった。

 

開拓者である北京自動車工業持株有限責任公司の童志遠副総経理は、北京自動車製造工場が計画経済の前提下で協力パートナーを探し、資金の導入や技術、管理など多方面の模索を始め、それから20年、高額の学費を払ったが、国際協力を通じて中国の自動車工業のために教師を招き、中国自動車工業にとっていつまでも残る貢献をしたと語る。

 

1985年9月26日、「北京ジープ」と呼ばれるチェロキーが生産を開始した。これは北京ジープ公司の技術導入や、企業の製造技術が一段とレベルアップしたことを示すものだ。2002年6月6日に中国政府は、北京ジープ公司が30年の合弁経営を延長するという新しい契約を批准した。

 

北京自動車工業持株有限責任公司とダイムラー・クライスラーは、北京ジープ公司にさらに2億1800万ドルを投資し、北京市も新型ジープの開発を、第十次五カ年計画(2001~2005年)の重点プロジェクトの一つに組み入れた。

 

これによって自動車産業は北京の現代製造業をリードする業種に発展し、北京ジープにも未曾有の発展のチャンスをもたらした。2004年までに北京ジープの生産額は450億元、納税額は約70億元に上った。

 

2002年10月18日には北京現代自動車有限公司が成立し、中国のWTO加盟後初の自動車工業中外合資企業となった。それから2カ月後「ソナタ」の生産が始まり、3年後には生産販売台数が80万台を突破した。

 

「チャイナネット」2008/07/23

 

 

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