人民網日本地震報道チーム、福島県へ

人民網日本地震報道チーム、福島県へ。

タグ: 東日本大震災

発信時間: 2011-03-14 19:01:07 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

 

 今回の大地震でとりわけ深刻な被害を受けた福島県に近づくにつれ、被災後のさまざまな余波が徐々に目前に広がった。

 午後3時、人民網日本地震報道チームはやっと道沿いに大型スーパーを見つけ、飲料と食料を補給した。12日から東京を含むほとんどのスーパーでミネラルウォーターはすでに売り切れ、ここも同じでお茶と缶詰が少し残っていただけだった。スーパー前で福島から逃れてきたという墨永さんという60歳代のご夫婦に会った。被災前には福島県双葉町に住んでいたという。放射能が漏れた東京電力福島第一原発からわずか10キロの距離だ。

 記者に対し墨永さんは地震当時の状況を振り返った。11日にマグニチュード9.0の巨大地震が起きた時、ご主人は会社で勤務中だった。突然の激しい揺れで一瞬にしてオフィスの2階が崩れた。幸いにも墨永さんは同僚と共に1階で会議を行っていたため、事なきを得た。

 午後4時頃、墨永さんは役場が指定した避難場所に全力で走ってゆくと、そこには驚愕し呆然とした被災者らで満ちていた。「誰もどうしてよいかわからなかった。世の末のような感じがしました」当時の恐ろしさを振り返る。

 通信が途絶えたため、一晩は誰とも連絡が取れず、家族の安否はわからなかった。ここまで話した時、墨永さんは戸惑いを見せた。「家族と生きるか死ぬか、別れるかのこの気持ちは、本当につらいものでした・・・」。

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