中国人妻に寄り添い続ける日本人男性

中国人妻に寄り添い続ける日本人男性。 これはよくある国際恋愛だった。結婚式の1ヶ月前、交通事故で美しい重慶出身の花嫁は植物人間になった…

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発信時間: 2011-10-08 13:37:08 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

日本男子不离不弃救治中国妻子岳母曾劝他离开

鄒姝さんの言語機能はまだ障害があるため、キスで夫の後藤穰に自分が幸せを感じていることを伝える。

交通事故前の鄒姝さんは今と全然様子が違っていたが、夫である後藤穰さんの彼女に対する愛は変わらない。

これはよくある国際恋愛だった。結婚式の1ヶ月前、交通事故で美しい重慶出身の花嫁は植物人間になった。善良な鄒姝さんの母は、娘が後藤穰さんの足手まといになるのが忍びなくて、夫に日本へ帰って新しい生活を始めることを許したが、彼は妻の治療のための出費をすべて負担し、時間があれば日本から重慶に来て妻の世話をした。暇がない時は、声を録音してCDを作り郵送した。 

5年が経ち、30枚のCDと彼の寄り添い続けた愛が、植物人間の妻を呼び覚ました。鄒姝さんは後藤穰さんの肩に寄りかかり、キスをした。「愛がなければできなかったこと。」 

2006年9月22日夜8時ごろ、1人で散歩に出ていた鄒姝さんは、突然にスピードを出していた男性の車に撥ね飛ばされ、意識を失った。彼女の頭部と全身の複数箇所が粉砕骨折を負い、病院は危篤を通告した。当時、30歳だった鄒姝さんはこの年の初め、日本人の後藤穰さんと国際結婚の手続きを済ませ、結婚式を10月29日にすると決めていた。 

後藤穰さんは急いで重慶へ駆けつけた。病床の鄒姝さんの頭は風船のように腫れ、全身に管がいっぱい挿し込まれていた。後藤穰さんはぶるぶる震えながら、結婚指輪を鄒姝さんにつけた。だが、鄒姝さんが彼に抱擁したり、ほほえみを与えることはなかった。 

「病状は重篤です。死亡しなくとも植物人間は免れません。」主治医は後藤穰さんに伝えた。 

一回の事故で夫婦の絆が壊れるなんて?後藤穰さんは受け入れられなかった。後藤穰さんは1973年日本の福島に生まれた。日本の日立株式会社の工事エンジニアとして、2004年に重慶の地下鉄建設に参画し、中国語ができなかったので通訳者を雇った。鄒姝さんは1998年に重慶商工業大学を卒業し、その後日本へ6年間留学、2004年中国に帰国していた。日立の重慶地下鉄プロジェクトの通訳を担当して、後藤穰さんに出会った。 

「1パーセントの希望があれば、最後まで守る」後藤穰さんは数年かけて貯めたありったけの貯金を出して鄒姝さんの治療をしている。「彼女はきっと目覚める。私は彼女が年をとってもずっと変わらず彼女を愛し続ける!」

「中国網日本語版(チャイナネット)」2011年10月8日

 

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