辛亥革命博物館
辛亥革命とは1911年(清朝宣統三年)に中国で勃発したブルジョア階級の民主革命のこと。この革命により2千年の長きにわたる君主専制制度は幕を閉じた。一つの偉大な革命運動である。
「辛亥革命」という言葉は比較的早く、渤海寿臣者と署名された『辛亥革命始末記』と、草莽余生編集・出版の署名がある『辛亥革命大事録』に見られる。
1939年、毛沢東は『青年運動の方向』の中で次のように指摘している。辛亥革命は「勝利したところも、失敗したところもある。見たまえ、辛亥革命は皇帝を追い払った、これは勝利ではないのか。失敗だとすれば、辛亥革命は一人の皇帝を追い払っただけであり、中国は旧態依然として帝国主義と封建主義の圧迫下にあり、反帝・反封建という革命の任務は達成しなかったと言えることである」。
◇黄花崗蜂起
黄花崗蜂起の遺跡
1911年4月27日午後5時30分。黄興は120人余りの決死隊員を率いて兩広総署へと直接突き進み、広州蜂起を開始した。72人の遺骸は潘達微らが広州東郊の紅花崗に埋葬。潘達微が紅花崗を黄色に改名したことから、この蜂起は「黄花崗蜂起」と呼ばれるようになった。
◇武昌蜂起
武昌蜂起は黄花崗蜂起が失敗した後、一部の革命党人が目標を長江流域に移す決定をし、武漢を中心とする兩湖地帯で準備を始めた新たな武装蜂起である。革命党人が努力したことで、ついに1911年(農歴・辛亥年)10月10日、時代を画する意義を持つ武昌蜂起を開始。蜂起の勝利は、徐々に清朝を滅亡へと追いやった。
◇中国同盟会
中国同盟会は中国革命同盟会とも称し、清朝末年、孫中山が指導し組織した全国的な革命政党。である。1912年に大清帝国の崩壊をもたらした。
「中国網日本語版(チャイナネット)」2011年9月16日