世界は盤面のようである。頂点に立った日本と日本企業は「教師」的存在の米国の罠にはまった。『プラザ合意』はバブルを崩壊させ、日本企業は1986年から1995年にかけて「失われた10年」という苦しい時期に突入した。しかし、「失われた10年」でメディアが最も批判するのは、日本企業にイノベーションが欠けていることと反応の鈍さだ。
「失われた10年」の後、多くの有名企業は新興国である中国で事業を拡張したり、生産基地をコストの高い国内から中国や東南アジア諸国に移すなどやり方を変えたが、1997年のアジア通貨危機、2000年の米国のITバブル崩壊、2007年に始まったサブプライムローン問題、2011年3月11日のマグニチュード9.0の東日本大震災と様々な出来事が相次ぎ、日本企業を襲った。中でも、輸出型の電子メーカーや自動車メーカーへの影響は大きい。