大相撲名古屋場所の千秋楽のあとに

大相撲名古屋場所の千秋楽のあとに。

タグ: 林国本

発信時間: 2010-08-02 10:25:07 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

林国本

相撲ファンの1人として、今回の大相撲名古屋場所ほど、屈折した心理でNHKの放送を聞いた体験は初めてと言ってよい。

大相撲について、NHKのいろいろな形での討論あるいは有識者の見解発表に耳を傾けてきたが、事が事だけに、誰も鶴の一声のような、こうすべきだという確固たる発言はなかった。

もちろん、これは日本国内の事柄なので、外国人であるわれわれは、あまり深く立ち入って見解を述べるべきでないかもしれないが、とにかく深く考えさせられる出来事であったことは確かだ。

ある有識者がラジオで、「野球トバク事件」は、もしも企業なら倒産するしかない、と発言していたが、確かにそうだ。自主廃業、上場廃止は確実であろう。ところが、ごく少数の親方はただ「お騒がせしました」と言うだけで、事の深刻さを認識していないような発言をしていた。おそらく何日かの謹慎で事はおさまると思っていたのだろう。

村山理事長代行の発言の中で触れられている「反社会的勢力」とのつながり、一部のマスコミでそのものずばりと指摘されている「暴力団」とのつながりについても、まだ、捜査中の段階などで深く言及することは避けるが、世界的に知名度の高い企業が協賛し、NHKを通じて世界中に報道されている行事であるかぎり、こうした「勢力」とのつながりがはっきりすれば、やはりイメージダウンとなろう。日本は「先進国」ですよ。

ラジオの中で、大相撲の歴史、神事、興行とかにも触れられているが、G7とか、G8の1つに数えられる「先進国」にも、こういう古い体質の組織が温存されていることは驚きであった。そうかと言って、プロレスのようにしてはどうか、という説には賛成しかねる。伝統と近代化というハードルを一朝一夕に乗り越えて変革することはムリかも知れないが、監督者たる親方までがトバクに手を染めるようなことは許し難いと思う。これはもう「お騒がせ」どころの話ではない。

一時、モンゴル国籍の力士のことで、いろいろ問題が起こっていたが、今から振り返ってみると、この力士本人にも非難されるべきところがあることは確かだが、こうした古い体質の世界に浸りきっていた、草原の国から青雲の志を抱いて日本の相撲世界に投じた若者にとっては、決して望ましい環境ではなかったと言えよう。

余談になるが、日本に仕事で長期滞在していた頃に、ルース・ベネディクトの「菊と刀」とかいう本や、文化人類学関係の本をよく読んでいたが、今度のケースを見て、これこそ、文化適応の失敗例の典型だと見るに至っている。時代の変化に構造がついていけなかったのだ。外部からの賞杯の授与中止はすべきでなかったという発言を耳にしたが、私見ではあるが、前述の「勢力」というものとの疑惑が存在する限り、こうした賞杯の授与は別の形をとってはどうか、と思う。この賞杯のうちの1つは、傷がついては大変なことだ。「タニマチ」という構造が存続するかぎり、いろいろな「勢力」とのしがらみは断ち難い。賞杯そのもののイメージを考えても、こういう危ない橋を渡るのはどうか、と思う。

外部の有識者たちによる作業が始まろうとしているこの際、いろいろな大相撲像を持っている人たちが、どういう段階的な結論を出すかは知らないが、とにかく古い体質を変えていく中で、「日本人の心の中の大相撲像」をいかに大切にしていくか。今回の「野球トバク」は大相撲の歴史にとって大きな試練となろう。私は外国の一相撲ファンとして冷静に見守っていくつもりである。

 

「中国網日本語版(チャイナネット)」2010年8月2日

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