林国本
私のなが年勤務していた機構所属の育成トレーニング・センターから、数十年翻訳業にたずさわって来た人間の1人として、なにか若者たちにアドバイスのような話をしてもらえないか、という依頼があったので、若者たちと対話、交流するのは、自分にとってもプラスとなるのでは、と引き受けることにした。
私たち古い世代の人間は、ほとんど暗中模索の中で、試行錯誤をくり返しながら、やっとここまでこられた訳で、とてもアドバイスなんかする資格はないが、私としては若者たちの「思考の火花」に接することで、さらなる前進のきっかけをつかめるのではないか、と思っていた。案の定、そういうことになったので、今回の対話はまさに今やはりの言葉で言えば、ウィン・ウィンの交流であった、と言える。
まず、あらかじめもらったリストに目を通すと。ほとんどの若者たちは、すでに「高級翻訳者」に変身する一歩手前にいる人たちであると感じた。したがって、こういう人たちに向かって、ああしろ、こうしろとアドバイスするのはまさに「釈迦に説法」だと感じた。したがって、私は自分がいかに、まわり道をして、大切な時間をムダにしてきたか、ということから話を始めることにした。私たちの世代の若い頃は、「高級翻訳者」になることはマイナス・イメージとして見られていたので、とにかく与えられた仕事に打ち込むこと以外考えたことはなかった。ある意味では仕事、仕事でたたきあげられてきたと言っても過言ではない。要するに、職人芸なのだ。
私がさいきん接している若者たちは、英語で書かれた記事を辞書も使わずに、たちどころに日本語に訳している。つまり、この人たちはスタートの時点からバイリンガルの下地が一応できているわけだ。
今回、対話することになった人たちは、地方から来た人たちを含めて、みなそれぞれの職場ではベテランと見られている人たちだった。
ただ、私はムダ飯を食べてきた人間として、感じたことを二、三書いてみたい。