重慶、中国抗日戦争歴史博物館建設に28億元投入

重慶、中国抗日戦争歴史博物館建設に28億元投入。

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発信時間: 2010-09-13 17:17:57 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

重慶市委員会党校は10日、学校教育に関わる文学・歴史専門家および部門を率いて歌楽山林園などの地に赴き、戦史や遺跡保護の状況を考察した。同日行われた座談会において、中国抗日戦争歴史博物館の建設計画が実質的進展を収め、関連部門は28億元以上を投入、全市に数百か所ある抗日戦争遺跡の統一的・系統的な保護を実現させる計画であることが明らかになった。「重慶晩報」が伝えた。

歌楽山のふもとに到着した専門家チームは、林園に直行した。多数の風雲児が抗日戦争期、この地に集まった。首脳級人物だけでも、林森、蒋介石、蒋経国、毛沢東、李宗仁の5人の名が挙げられる。専門家が「中国第一のダンスホール」と称する「美齢舞庁」は、1939年に建造された。もともと、蒋介石や林森が外国からの賓客に接見する場所であったこのホールは、後に「官邸大客間」と名前が変わり、それからダンスホールとなった。幾度か補修されたが、建物は危険な状態となり、閉鎖に至った。

歌楽山林園で起こった重大事件、あるいは事件の発端となった事例は、枚挙にいとまがない。なかでも、歴史的に貴重な文化財は、「中国第一の卓」と呼ばれるテーブルで、毛沢東と蒋介石がこのテーブルを囲み、かの有名な「重慶談判」を行った。テーブル、その周囲の状況、建物は当時のまま残されている。

抗日戦争に勝利した後、蒋介石は重慶で交渉したいと3度にわたり毛沢東に電報を送った。1945年8月28日、毛沢東は重慶に到着、林園に入った。翌朝、林園を散歩していた毛沢東は、朝霧の中で蒋介石と偶然出会った。2人は石製の円卓の前に腰かけ、話し合いを始めた。その時の円卓は、文化大革命など幾度かの動乱で行方不明となったという。現在は、複製の円卓がもともとの場所に置かれている。

「中国第一のダンスホール」と「中国第一の卓」はいずれも、抗日戦争歴史博物館に展示される計画という。

このほか、歌楽山洞穴トンネルは、四川で古い時代に建造された初の公道トンネル。また、長さ百メートルにおよぶ老鷹岩の陸橋は、全国初の立体交差橋という。

この橋はすでに文化財保護の対象となっている。抗日戦争博物館が完成すると、老鷹岩陸橋は、重要文化財および観光名所として、国内外に紹介される。

「人民網日本語版」2010年9月13日

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