1968年に日本は西ドイツ(当時)を抜き、GDP総額は1千億ドルに達して、米国に次ぐ世界2位の経済大国となった。この年の日本の一人当たり平均GDPは世界第20位だった。平均GDPが1千ドルから2千ドルになるのにかかった時間は6年、2千ドルから3千ドルになるのにかかった時間は3年で、ペースの早さで欧米の先進国を大幅に上回ったばかりでなく、社会の安定を基本的に維持し、いわゆる「中間所得層の陥穽」も無事にやり過ごした。
日本の成功は一つの奇跡だ。奇跡の一つの側面は経済の高度成長であり、もう一つの側面は社会保証システムがタイミングよく発展してきたことだ。日本経済は1970年代に高度成長期に入った。80年代のバブル経済がまだ訪れていない頃に、福祉制度の建設が基本的に完了し、日本は後に出現することになる、より深刻でより長期的な経済低迷に耐えうるだけの力を蓄えた。ここ数年来、欧米諸国で発生した大規模な経済危機は日本にも波及し、日本が危機に直面した時間は他の先進国よりも長くさえあったが、日本は再起不能になることはなかった。その背景には、社会福祉制度が「インフラ建設」を終えていたことがある。
経済の高度成長と整った社会保障制度とは相互に補完し合っている。中国はこのことを冷静に認識し、経済と社会の歩調を合わせた発展を全力で推進し、国の力を強化し、国民の生活水準を引き上げるとともに、世界により大きく貢献している。中国の経済規模が日本を抜いた今、日本の発展がたどってきた道を改めて見直すことは、意義あることだといえる。
「人民網日本語版」2011年2月16日