河北省邯鄲(かんたん)市永年県文物(文化財)部門によると、同県竜泉村に住む趙毓志氏がこのほど、「竜泉村志」編纂のために史料を収集していたところ、同村の後街路南にある乾隆年間に建てられた趙家の豪邸で、中国に侵略した旧日本軍が運営する邯鄲綿作専修学校の「第1回卒業記念アルバム(1943年)」を発見したという。 新華社が20日付で伝えた。
卒業記念アルバムの表紙には、「民国32年(1943年)撮影」と記されており、全部で101枚の写真が収められていた。最初のページには、同校の校長を務めた岡田輿作・陸軍中佐の写真、続く2ページ目と3ページ目には、日本人教員19人の写真が載っている。このほか、学校の外観、学生生活、授業、運動会、綿花の各品種、修学旅行、卒業式といった7種の写真が掲載されていた。
趙文化研究所の所長を務める邯鄲職業技術学院の侯廷生教授は、「関連文献や回顧録によると、邯鄲綿作専修学校は、邯鄲市陵西路南頭端乾河溝村にあった。また、『邯鄲文学歴史資料』には、旧日本軍は、中国に侵略していた期間に、邯鄲から毎年綿花1800万斤(9千トン)とワタの種子4800万斤(1万2千トン)を強引に安価で買い取っていたと記されている」と話した。
専門家によると、卒業記念アルバムの発見は、旧日本軍による中国侵略期間中の河北省の工業・農業発展史を解明する貴重な手掛かりになるという。
「人民網日本語版」2011年8月22日