林国本
現在、3月5日に開催される全国人民代表大会を前にして、北京市人民代表大会も開かれており、新聞では毎日のように代表たちの討議の模様が伝えられている。大会では政府活動報告が代表たちによって熱心に討議され、会議の模様も大勢の記者がそれぞれの角度から詳しく報道している。
今年は第12次五カ年計画実施の年にあたるので、話題のほとんどがそれとかかわりのあるものとなっている。
私も元上司、先輩の推薦で30年来、全国人民代表大会の文献と関連のある仕事にたずさわってきたので、北京市の動きは前場として大いに関心を示していたし、また、北京市民の1人として自分と身近な事柄に自然と関心を持つようになっている。
代表たちの討議から見ると、30年の改革、開放政策の成果を踏まえて、北京市は第12次五カ年計画期にさらに大きな発展をとげることがひしひしと感じ取れる。いや、もうこの30年だけでも北京市は大きく変わっているのだから、それにさらに大きく輪をかけた変化が起ころうとしているのである。
昨年の全国人民代表大会の仕事のあとの打ち上げの食事の会の時に、北京の東三環状道路付近のレストランで仲間たちと会食したが、その日本料理店風のレストランは、私のイメージの中のものとはまったくといっていいほど様変わりしたものだった。それだけ北京は「国際化」したのである。