中国の治水神・禹王が果たす東アジア文化交流

中国の治水神・禹王が果たす東アジア文化交流。 日本の象徴、神々が宿る霊峰富士山。その富士山に降り注いだ雨は一つの流れとなり酒匂川となって足柄平野を形成した。太古の昔より営々と続いた自然の営みの恵みである。その平野のほぼ中央に位置するのが開成町である…

タグ: 禹王文化 敵対関係 復興

発信時間: 2015-05-11 13:28:50 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

日本に存在する禹王遺跡

禹王は日本では治水神とみなされるのが一般的である。王敏氏は次のように述べた。「日本における禹文化は日本人による移植と選択があり、日本の風土と生活に合うように変容されながら形成されてきた。日中の混成文化的性格をもちつつ、日本的信仰対象の神に昇華したのであろう。禹王信仰として日本文化という土壌に花を咲かせている」。

福沢神社

禹王遺跡の建立と存続の条件について、「足柄の歴史再発見グラブ」顧問、「治水神・禹王研究会」会長の大脇良夫氏は次のように語った。「第一、水害多発地帯で防災祈願や収穫豊穣祈願が盛んだった土地柄。第二、禹王(文命)を熟知する儒教学者や土木家の関与。第三、建立された禹王遺跡の価値を認め継承して行く地域(文化)の支持。以上の3条件が揃わないと存続しない」。

現時点の推計で、日本に存在する禹王遺跡は92カ所+調査中の10箇所となっている。そのうち、年代別から見れば、江戸期以前が52%、明治期18%、大正10%、昭和+平成で計20%。地域別から見れば、利根川、酒匂川、木曽3川、淀川水系などの大河流域に多いが、北海道から沖縄まで、また太平洋側、日本海側に限らず列島むらなく分布している。

酒匂川と文命堤

大脇良夫氏は、「92カ所中の30カ所は日清戦争後、日中国交回復までの間の建立である。国と国が緊張、敵対関係にある中においても、禹王(文命)は日本の各地に建立され、崇め続けられた。『中国の治水神』は、『日本の治水神』として定着し、『国籍や民族を超えた存在』として慕われていたと考えられた」と強調した。

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