政治大国を目指す日本、小手先の手管を弄するなかれ

政治大国を目指す日本、小手先の手管を弄するなかれ。

タグ: 安倍談話 

発信時間: 2015-08-17 16:04:50 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

日本は近年、「政治大国化」を目指す動きを強めている。しかし不可解なことに、日本はこれと同時に「小国の政治的テクニック」を弄しており、政治・外交面で裏表のある手段を多用している。例えば安倍首相は今年5月、二階俊博氏に親書を委ね、3000人規模の代表団を中国に派遣した。しかし安倍首相はこれと同時に東京で、アジアインフラ投資銀行と張り合うため1100億ドルの投資を表明し、かつ夫人が靖国神社を参拝したことを大々的に発表した。安倍首相は今年7月、腹心の谷内正太郎氏を北京に派遣し、70年談話と9月の訪中について検討させた。これも「善意」に満ちているように見えるが、安倍首相はそれと同時に日本で、中国を「仮想敵国」とする安保関連法案を強行採決した。

この政治・外交の両面性は、安倍首相および日本の政治の多重人格とジレンマを反映している。そのうち一部の行為は確かにやむなきことではあるが(特に米国の要素が絡む場合)、日本の従来の「政治小国」の特徴を露呈している。

大国が林立する国際環境において、一部の小国は生存と発展のために裏表のある手段、八方美人のような態度を取らざるをえない。これは理解できることだが、日本は国力も規模も大国であり、政治大国になるための取り組みを続けてきた。この状況下、安倍首相と日本政府の節操なきやり方はその身分にふさわしくなく、信頼を失っている。

安倍首相は再任後、靖国神社の参拝を計画していなかった。しかしその後この約束に背き、靖国神社を参拝したばかりか、「中韓の首脳と会談し、直接説明したい」と表明し、参拝を「歴史のカード」にすることで、中韓と駆け引きを行おうとした。日本の「小国の政治的テクニック」の行使は、これのみに留まらない。例えば安倍首相は戦後70年談話の準備を進める中、「侵略」、「おわび」に言及しないという情報を流した。その後の駆け引きでは「侵略」を認めたが「おわび」をせず、最終的に「おわび」を盛り込むことになった。日本政府がもとより継承し貫くべき反省の約束は、このような操作により「法外な値段をふっかけ、とことん値切る」という市場の取引になった。

このような策略によって、日本は時にうまい汁を吸うことができるが、大国が持つべき政治の信頼と良識というより重要なものを失うことの方が多い。どれほど重要な政治的原則、道徳や尊厳も駆け引きの駒になり、信仰と理念が公然と唾棄される。この日和見主義的で、欲に目がくらみ道義を忘れる心理は、小国の政治の一般的な症状だ。日本がこれに熱中するとは、実に腹立たしいことだ。

国の大小に関わらず、国家の品格というものがある。一部の小国は自国の尊厳を重視し、わずかな俸禄のために身を屈することはしない。一部の大国は細かいことにこだわり、小のために大を失っている。大国の駆け引きにはテクニックが必要だが、それよりも誠意・公理・実力が必要なことは、歴史によって早くから証明されている。国の信用は、総合的な実力の重要な基礎だ。安倍首相が先ほど発表した戦後70年談話は、まさに苦心惨憺たるもので、技術面で多くの工夫が凝らされた。しかし歴史の和解を実現し、昔の恨みを忘れさせるためにまず必要なのは「誠意」だ。

安倍首相は初就任時に驚きの「声明」を発表しなかったが、就任後の最初の訪問先を米国とする日本の首相の慣例を打破し、「破氷」と呼ばれる訪中を実現し、靖国神社にも参拝しなかった。これは人々に「誠意」を示した。しかし「三十六計」と聞こえの良い文言をすべて用いた今日の安倍首相は、「誠意」がなければ望みとは裏腹の結果を迎えるだろう。時代遅れの手管を弄するよりも、今の時代は誠意と公理を呼び覚まさなければならない。日本は常任理事国入りを目指しており、名実相伴う「政治大国」になろうとしているが、そのためにはまずこのような目を備え、大国の品格を養うべきだ。(筆者:庚欣 道紀忠華シンクタンク首席研究員)

 

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2015年8月17日

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