仏像を巡る日中の文化交流

仏像を巡る日中の文化交流。 2013年4月27日、王敏先生は東京芸術大学構内のギャラリー「陳列館」で薮内佐斗司氏が昨年度に実施した研究報告を発表する展示会に参加し、薮内氏との対談に臨み、仏像を巡る日中の文化交流について意見を交わした。以下はその一部である…

タグ: 仏像 日中 文化交流

発信時間: 2013-05-08 16:57:38 | チャイナネット | 編集者にメールを送る

 

王: 

わかりました。恐らく最初から日本は多民族、多地域の人たちのよせ集めというようなところがありましたので、思想、哲学、宗教、文化に対しても同じように抵抗なしに、おばあちゃんの箪笥と同じように大切にしまっているわけです。今おっしゃった伎楽に使われる先生の研究室で復元された綺麗な呉公の仮面ですが、あれを見て非常に感激しました。それに、もう一つは薬師寺の日光菩薩と月光菩薩の復元です。薬師寺が『西遊記』の中の主人公である三蔵法師が伝えた法相宗という中国人にとってはなつかしい宗派ですが、今の中国ではもう伝授されておりません。その教えが日本で延々続いていることに非常にありがたく思います。

籔内: 

日本文化の源流のほとんどは、中国本土や朝鮮半島から学んだものですが、そのことを日本人自身が忘れています。そして、中国の方も韓国の方もそういう日本の中にある文化が遠いむかしにそれぞれの地域に起源をもっていて、今では失われた文化だということを知りません。現在、日中、日韓の間では非常に不幸なことがいっぱい起きていますが、それはやはりお互いを知らないからだと思います。

王: 

先生のお仕事を通して、お互いに知り合う機会となると思います。恐らくもう一度、東アジア、特に日中韓の文化大循環の啓蒙運動をする必要があると思います。

籔内: 

おっしゃる通りです。日本には色々な神社がありますが、一番数が多いのは稲荷神社です。それは、稲の実りを司る不思議な神様が祭られているわけですが、この神さまは、もともとは中国の江南地方の信仰だろうと思います。それからもう一つ多いのが八幡さまです。これは日本の第15代天皇である応神天皇の御霊が八幡神になったと言い伝えられています。八幡は「やはた」とも読み、「はた」というのは「秦」という漢字を書きます。おそらく大陸の文明を総合的にもたらした秦氏のもとになる八つの氏族が移動し、朝鮮半島の南部に定着して「辰韓」として勢力を拡大し、北九州、国東半島に入り、彼らの祖先に対する信仰が宇佐八幡宮となった。宇佐八幡というのは、東大寺とも密接に関わりがあったと考えられます。

東アジアの歴史は、数千年に亘る漢や唐、また元や清、大和や李氏朝鮮のような王朝の歴史であったととらえるべきです。今のように近代国家間の固定的な国境線で語るのではなく、ダイナミックな人々と文化の動きを前提にして、私達の地域、東アジア共同体の未来を考えるべきだと思います。

 

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