清明節の習俗――野山に遊び、柳の枝を挿す

清明節の習俗――野山に遊び、柳の枝を挿す。 もともと、清明節は春の遊びの日であった。その風習は、古代の3月3日の上巳節にその源がある。この日は、朝廷の百官から百姓平民まで、とりわけ若い男女はみな祭りの盛装に身を包み、食べ物を持って郊外に春の遊びに出かける。宮廷人や富貴の人たちはさらに野原に天幕を張る。彼らはまず川に入って身を清めてから岸に上がり、心ゆくまで遊び戯れる。はなはだしい場合は、ここで密会し、野合することさえある。これが上巳節の「清め」であり、生命の源である水の中で一年の穢れと不祥を洗い清め、あわせて後継ぎの子を得て、一族の人数が増え、発展することを祈るのだ…

タグ: 清明節 習俗

発信時間: 2017-03-27 14:41:47 | チャイナネット | 編集者にメールを送る


江蘇、浙江両省の水郷地帯は、川がたくさん流れており、墓の多くは遠い山地にある。そのため、墓参りは一日がかりだ。昔は、お金持ちの人たちがよく船を出した。その船は、祭祀用品を積んだ「祭品船」、男が乗る「男賓船」、女が乗る「女賓船」、料理人が乗る「厨師船」があり、その規模は大きく、堂々たる船団である。

封建的な教えに束縛されて、日ごろ、家に引きこもって外出しない大家の令嬢たちにとっては、清明節の墓参りは、めったにない気晴らしの時である。彼女らは真新しい服を着て、舟に乗り、沿岸の風景を愛でる。さらに山野で遊び、楽しむ。道すがら、歓声と笑い声は絶えず、実に楽しい。

男性にとっては、船旅で、幸いにして美しい婦人にめぐり会えるのが楽しみだ。地元ではこう歌われている。「正月灯 2月鷂 3月上墳船上看嬌娘」(正月は元宵節に灯籠を愛で、2月は凧を揚げ、3月は墓参りして、舟の上でかわいい娘を見る)

もともと、清明節は春の遊びの日であった。その風習は、古代の3月3日の上巳節にその源がある。この日は、朝廷の百官から百姓平民まで、とりわけ若い男女はみな祭りの盛装に身を包み、食べ物を持って郊外に春の遊びに出かける。宮廷人や富貴の人たちはさらに野原に天幕を張る。彼らはまず川に入って身を清めてから岸に上がり、心ゆくまで遊び戯れる。はなはだしい場合は、ここで密会し、野合することさえある。

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