砂漠化との闘いを支援する日本の友人たち
クブチ砂漠の一角、ダラド(達拉特)旗ウラン(烏蘭)郷のエングベー(恩格貝)生態モデル地区に、一人の「緑の使者」の銅像が立っている。日よけ帽子をかぶり、スコップを手に遥か彼方を見つめている老人――この人こそ、日本砂漠緑化実践協会の元会長、遠山正瑛博士である。
遠山博士は日本の山梨県に生まれ、京都大学時代から砂漠の緑化に興味を持つようになった。卒業した後、鳥取大学で教鞭をとるかたわら、日本海の海岸砂丘の開発に取り組み、24万ヘクタールの砂丘を農地に変えた。このため「砂漠の父」と称えられている。
1990年、85歳の高齢にもかかわらず、遠山博士はクブチ砂漠の真ん中にあるエングベーにやってきた。そのとき、オルドス・カシミヤ集団の副総裁であった王明海さんが、百人余りの人とともに砂漠と闘っている姿を見た。遠山博士はすぐに、この地に留まることを決めた。
1991年、遠山博士は日本で「日本砂漠緑化実践協会」を設立した。それから毎年春、彼はエングベーへやってきて植樹し、砂漠化を防止した。また、植樹のために次々にやって来る日本砂漠緑化実践チームをもてなした。
日本に戻った彼はあちこち奔走し、新聞、テレビや集会で、砂漠の開発と砂漠化防止を説いた。彼は資産を注ぎ込み、鳥取にある家産を売り払っただけでなく、日本国民に「一人が一週間に一食、食事を節約してエングベーを支援しよう」と呼びかけた。