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| 内蒙古の砂漠化抑制は、一部の地域で「砂が進み、人が退く」という局面から「人が 進み、砂が退く」方向に転換した(写真・包海山) |
十数年の間に遠山博士は、エングベーのために200万元を集めた。335チーム、合わせて6600人の日本人ボランティアを引き連れて、300万本以上植樹した。
2004年2月、99歳の遠山博士は、鳥取市で永眠した。本人の願いにより、遺骨の半分はエングベーの地に安置された。
遠山博士の精神に感化されて、多くの人がエングベーにやってきた。美しい半月湖のほとりに、丸い石を積み上げて築いた石の塀があり、「緑の塀」と呼ばれている。丸い石の一つ一つに、1989年からエングベーの緑化に尽力した1万人近いボランティアの名前が刻まれている。中国人や日本人だけでなく、ドイツ人やアメリカ人、オーストラリア人の名もある。
現在、エングベーには、すでに植えられた喬木が300万株、緑地16万ムー、育苗基地1200万ムー、優良ブドウ園百ムーがあり、3000羽以上の駝鳥が養殖されている。緑化率は以前の5%から40%に高まった。
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| 安田廉さん(手前)は日本の協力隊員たちといっしょにエングベーで植樹を行ってきた(写真は安田廉さん提供) |
遠山博士はこの世を去ったが、彼が始めた緑化事業は止まらなかった。モデル地区で、植樹に出かける安田廉さんと出会った。安田さんは今年58歳。1992年に好奇心からエングベーに来て植林したが、すぐに大砂漠の魅力の虜となった。それから毎年1、2カ月間、自費でエングベーを訪れ、緑化事業に力を尽くしてきた。
日本で遠山博士の資金集めを助け、さらに自分の会社から巨額な資金を寄付した。2000年、安田さんは日本砂漠緑化実践協会の正式な職員となり、エングベーの植樹造林事業を担当するようになった。
毎年3月から11月まで、安田さんはずっとここで苗木を剪定したり、水をやったりし、日本に戻ると各地を資金募集のために駆け回っている。彼の会社は倒産し、妻が文房具店を経営し、生計を立てていたが、不幸にも4年前、大火事に見舞われ、妻の生命が奪われてしまった。そのときも安田さんは、エングベーにいた。
現在、安田さんはすでに、エングベーを自分の家だと思い、ここで「80歳まではがんばりたい」と言っている。